14.エロ動画を撮っているのに反省しない  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

 都築がぶっ壊したドアチェーンを改めて頑丈なものに付け直してはみたけど、都築がその気になればどうせこのチェーンもぶっ壊されるんだろうと言うことは判ってる。でも今回ばかりはぶっ壊したらそのまま俺との関係もぶっ壊れると理解しているようで、都築は大人しく出入り禁止を実行しているみたいだ。
 なので、毎朝恒例の果物や野菜のスムージーの配達は、申し訳無さそうな胡散臭い満面の笑みを浮かべている興梠さんの役目になっていた。
 大学でたまに都築と擦れ違うこともあるけど、そんな時は何か物言いたそうな表情で俺をジッと見据えてくるけど、俺は無視して誕生日プレゼントで弟にもらった携帯音楽プレイヤーで音楽を聴きながら素知らぬ顔を決め込むことにしている。
 姫乃さんに都築と属さんが酷いんですとチクリの報告をしたら、自分たちですら寝込みを襲うなんてそんな美味しいことはしたことないのに!と変な感じで激怒してくれて、姫乃さんからのお達しと言うこともあって都築は大人しくしているんだろう。
 今の間に思う存分セフレと遊べばいいんだ。
 属さんはと言うと、あの後、こっ酷く上遠野さんと興梠さんに叱られたらしく、あのチャラ男が襟を正して真面目に任務を遂行しているらしいから、ちょっとしたお灸にはなったんじゃないかな。
 ただ、俺の警護チームからだけは外れたくないと頼み込んだらしくて、興梠さんの監視なら間違いないだろうってことで、興梠さんの部下として一葉付きを条件として許されたらしい。火に油を注ぐ結果になったような気がしなくもないけど、まあいっか。
 そもそも、男の寝込みを襲うとかどうかしてるんだよ。
 珍しく独りになった俺に興味本位でみんな話しかけてくるけど、セフレを腕に下げた都築が何処かしらから凄まじい殺気で睨んでくるもんだから、そう長くお喋りも出来ずにレポートだとかノートを借りるとか貸すとかぐらいで、あとはそんな灼熱の視線にもめげない百目木とか柏木と話すぐらいで恙無い大学生活を久し振りにエンジョイした。
 それでも都築の我慢は一週間も持たずに、煩く付き纏うセフレをコバエみたいに追い払ったようで、歩いていた腕をグッと掴まれていきなり空き教室に引っ張り込まれた時は殺されるかと思った。
 色素の薄い双眸が我慢の限界を訴えて殺気立っていたからだ。

「…そろそろ許してもいいんじゃないか?」

「許す許さないは俺の勝手だ」

 壁に身体を押し付けられて両腕を折れんばかりに掴まれて顔を覗き込まれると言う恐怖に耐えながらも、自分の意思はしっかりと訴えておかないと都築の場合は調子に乗るからな。あっさり許してたら、もう俺が知るところなんだから次はこうしようとか、余計なことばっかり思い付くんだよ。

「オレは別にお前が無視していようと気にならないけど、属が反省してる。そろそろ全部解禁でもいいんじゃないか」

 今にも食い殺しそうな目付きをしてるくせに、何を属さんのせいにして全部許されようとしてるんだ。

「ふうん。じゃあ、属さんだけ許す」

「何故だよ?!オレが言い出したんだから、オレもお前の部屋解禁でいいだろ!」

「だって、都築は別に俺に無視されてもいいんだろ?それに属さんは俺の初めての相手なんだから大事にしないと」

 俺の前半の台詞にはぐぬぬぬ…っと奥歯を噛み締めたみたいだったけど、後半の台詞に都築は怪訝そうな表情をすると胡乱な目付きで見下ろしてきた。

「…なんだと?」

「だってさ。あの動画、俺の尻に属さんのがちょこっと入ってたんだろ?だったら、俺は処女だったんだから、属さんが初めてのオトコってことになるんじゃないのか?」

 必死で恥ずかしいことをイロイロと思い出した俺が頬を薄らと染めて目線を伏せながら恥ずかしげに言ったもんだから、都築のヤツはすっかりその言葉を信じ込んだみたいで、掴んでいた腕を放すと凄まじく何かを考えているようだ。
 例の動画を思い出そうとしているんだなと思った。
 いや、観た限りでは先っちょだけでも入れないと臨場感がないよと属さんは人の悪い笑顔で言っていたけど、都築の『GO』がなかったから擦り付けるぐらいで挿れてはいなかったんだけどな。
 都築に二度と同じことをさせないように釘を刺すつもりと、これ以上属さんと仲良くならないように牽制するつもりで言ったんだよ。
 でもまさか、これほど怒るとは思わなかった。
 都築は肩に下げていたバッグからスマホを取り出すと、俺では到底真似できない素早さでフリックとタップを繰り返して、それからそのままスマホを耳に当てた。
 俺はこの場からコソリと抜け出そうとそろりそろりと空き教室から出ようとしてたってのに、こっちを見もしない都築の壁ドンで再度壁際に追い詰められてしまった。
 ご機嫌の爽やか笑顔の都築から壁ドンされていたら、トゥンクとかなってたかもしれないけど、今の不機嫌と不愉快と殺気を滲ませた仏頂面では俎板の上の鯉、青褪めたまま好きにして状態だ。

「お前、篠原に挿れたのか?!」

 応答一番で都築が腹の底がビリビリするような声で怒鳴ると、電話の向こうの属さんは話の意図が見えないようで、何かをオロオロと言い募っているみたいだ。それに都築の怒りがさらにヒートアップした。

「どうしてハッキリ断言しないんだ?お前、篠原を好きだとか言ってやがったな。そこに行くから待ってろッ」

 自分でもあの時はどうかしていたと言っていただけに、都築自身、あの日のことはうろ覚え状態だったんだろう。だからこそ、属さんに問い質したのに要領を得なかったから、最悪の事態を想像してぶち切れたんだ。
 自分が仕出かしたことで、自分が大事に思っているものを壊してしまったんだ。
 そりゃ、ぶち切れるか。
 都築はどう言う観点でかは判らないが、どうも俺に対してだけは重度の処女厨らしく、俺が処女じゃないのは絶対におかしい、人間としてどうかしてるレベルに考えてるところがあって、どれぐらいのレベルかと言うと柏木との一件でヤツ自身がどうにかなって俺の寝込みを襲ったぐらい変になるレベルらしい。
 そのくせ、まあ処女じゃなくてもハウスキーパー=嫁にしたんだけどと嘯いていた。
 俺の腕を掴んで無言の怒りのまま空き教室を出た都築は、道行く学生どもがギョッとしても、都築を捜してキャッキャッしていたセフレどもが真顔で「お、おう」と言っているのもまるで無視で、そのまま駐車場に向かっているみたいだった。

「つ、都築!俺、4コマ目があるんだけど」

「腹痛だ、休め」

 何時もの休む理由を口にされてウグッと言葉を飲んだ俺は、ほんの冗談のつもりだった台詞を悔やみながら、引き摺られつつ地獄の仏頂面の都築を見上げた。

「何処に行くんだ?」

「駐車場だ。属がいる」

「マジか」

 あ、そう言えばこの前、姫乃さんが属さんは一葉付きの護衛になりましたとメールをくれてたっけ。駐車場で待機しているのか。
 だったら、早いところアレは嘘でしたって言わなくちゃ。

「都築、あのさっきの話だけど…ッ」

「属!」

 不意に腹に響く恫喝で呼ばわれた属さんが、慌てたようにウアイラの傍らから走り出てきた。
 何が何やらと言いたそうな驚いた表情なのに、引き摺られる俺を見て一瞬、なんとなく不穏な表情になった。

「…坊ちゃん、篠原様にあんまり酷いことは」

「お前、あの日篠原に挿れたのか?!」

 酷いことはしないで欲しいと言いかけた台詞に覆い被さるように都築から怒鳴られて、属さんはちょっとハッとしたような顔をして素早く俺を見た。

「だから都築、あの話は嘘…」

「挿れたかどうかは記憶にないですが、挿入されたと篠原様が仰ったんなら入っちゃったんじゃないッスかね。だったら、ちゃんと責任持って篠原様と付き合いますよ」

 なんとなく話が飲み込めたような属さんは、なんだそんなことかと言いたそうな表情をしてから、酷く生真面目に激怒の都築に応えている。なに言ってんだ、お前。

「巫山戯んな!」

 思わず都築と声がハモッてしまって、俺は慌てて咳払いした。

「属さんも巫山戯ないでください。都築、ごめん。さっきの話は嘘だ」

 掴んでいる腕をちょいちょいと触って見上げながら、俺は心底属さんにも都築にも申し訳ないと思いながら慌てて言い募ると、今にも属さんを殴ろうとしている雰囲気の都築が「ああ?!」と胡乱な目付きで見下ろしてきた。

「だから、嘘なんだってば!お前に二度とあんなことしないように釘を刺すつもりと、それから…お前と属さん、仲良しだろ?姫乃さんが今度はお前付きの護衛になったとか言ってたから、ちょっと仲悪くなってくれないかなって思ったんだよ」

「なんだよ、それは?!」

「うう、悪かったって!お前さぁ、俺のこと好きでもタイプでもないくせに、属さんと一緒になって俺を弄り倒すだろ。これ以上何かされたら嫌だから苦肉の策だったんだよッッ」

 殴られることはないにしても怒り心頭の都築は正直言ってライオンか熊に吼えられるぐらい怖い。その上、その色素の薄い双眸をギラギラさせて覗き込まれたら、さらに腹の底から震え上がって唇まで震えそうになっちまうよ。

「…坊ちゃんって篠原様のこと好きじゃないんですか?」

 不意に、ごめんごめんと謝っている俺と、やっと少しホッとしたように怒りを静めつつある都築に、属さんは有り得ない爆弾を投下してくれた。

「なんだ、てっきり俺、坊ちゃんは篠原様に参ってんのかと思ってた。違うなら、篠原様を狙ってもいいんスね♪」

 にこやかに略奪宣言をぶちかました属さんに、都築の額にぷくっと血管が浮いた。
 目にも留まらぬとかよく聞くけど、確かに呆気に取られてるときに真横で素早い動作をされてしまうと、視界に入らない。いや、入っているんだけど何が起こっているのかまでは視認できないし脳も理解できないようだ。

「…坊ちゃん。アンタ、憖な武道家じゃないっしょ!本気出したら俺より強いんだから殴るのはナシにしてくださいッ」

 下手したら死ぬんじゃないかと思える重い拳を受け止めて、属さんは焦ったように冷や汗を額に浮かべている。もしかしたら、全身、嫌な汗を掻いてたんじゃないだろうか。
 俺だったら間違いなくヒットして吹っ飛ぶぐらいはやらかしただろうその拳を、叩き出せる都築も凄いが一瞬のことでもちゃんと受け止めて防げる属さんも凄い。さすが、セキュリティサービスの人だな。
 俺だって横で空気が斬れるのを初めて体験したよ。オシッコちびるかと思った。

「オレは別に篠原を好きでもなければタイプでもない。だが、お前には言ってるだろ。コイツはオレの嫁だ。主から盗もうとしてるんだ、それなりの覚悟を決めてるから言ってるんだろうな?」

 いやいやいや、お前なにを真剣に言ってくれちゃってるんだ。俺はお前の嫁じゃないし、嫁になる気もない。ましてやお前のモノでもないぞ。

「好きでもないのに嫁にするのはヘンですよ、坊ちゃん。それは篠原様に失礼だ」

 至極まともなことを言う属さんを、思わず顔を上げて呆気に取られたように見つめてしまった。
 都築に関わる人で、まともな人っていたのか…

「なんだと?」

「だってそうじゃないッスか。篠原様を好きじゃないってことは、坊ちゃんには他に好きな人が出来る可能性があるってことですよね。だったらその時、悲しい思いをするのは篠原様だ。そんなの篠原様が可哀想だし、失礼だと思いますけどね」

 そうか、盲点だった!都築に他に好きな人を作らせれば俺が嫁とか言われて恥を掻くことはないんだ!!
 属さん、いいこと言うな。
 不機嫌そうな都築に、重い拳を受けた腕を軽く擦りながら属さんは眉根を寄せて、少し困惑したように俺を見下ろすご主人に口を尖らせた。

「だったら、ちゃんと篠原様を好きな相手に譲るべきじゃ…はいはい、もう言いません」

 ゆらっと色素の薄い双眸で睨むだけで、属さんは若干怯んだように両手を挙げて降参したみたいだった。
 あ、この反応は『都築に他の人を宛がう作戦』を実行したら消されるな。俺からのアクションはやめておこう。うん。

「それじゃ、俺はもとの警護に戻りますんで、また何かあったら呼んでください」

 属さんはやれやれと溜め息を吐いてから、困惑したようにあわあわしている俺をチラッと見て、ちょっと眉尻を下げてから頭を下げてさっさとその場を立ち去った。
 耳にイヤフォンをして、ダークカラーのスーツはちょっと大学だと浮いて見えるけど、都築家ご用達のツヅキ・アルティメット・セキュリティサービスの制服だったりするから仕方ないけど、パッと見、属さんは都築と同じぐらいの長身でイケメンの男前だ。
 何故だろう、俺は背の高い野郎に異常にモテるみたいだ。とは言え、都築は俺を好きでもタイプでもないからモテとはちょっと違うんだろうけど、色んな意味で構い倒されるから、興味は持たれているってことだよな?属さんは堂々と俺のことが好きだから付き合ってくださいって言って、俺に華麗に「ごめんなさい」をされてガックリしていた。
 でも、まだ諦めないのか。怖いし気持ち悪い。

「都築って武道ができるんだな!すげえな!俺、空手とか合気道とか憧れてるんだよね。カッコイイ!」

 拳を握って前に突き出したりキックしながら、俺は都築を見上げて笑った。
 目にも留まらぬってすげえよな。だからどんなに怒っても、都築は俺を殴らないのかと思った。と言うか、誰に対しても、煩わしくても鬱陶しそうにしていても、何時も薄ら笑いで相手にしないのは、拳を出すと死人が出るってちゃんと意識しているからなのか。
 うーん…今後は都築を怒らせないようにしよう。ガクガクブルブル。

「…別に。護身術で覚えさせられただけだ。チビの頃は誘拐とか普通だったから」

 ああ、そうか。今でこそ熊かライオンみたいな風体の大男だけど、コイツにもチビの頃はあったんだ。身代金目的の誘拐だとか、会社にダメージを与える為だとか諸々で、身の危険はそこらじゅうにあったに違いない。

「でもほら、一朝一夕じゃ覚えられないだろ?ちゃんと、真剣に学んだんだな」

「…オレのは古武術だ。真剣も扱う。今度、稽古を見せてやるよ」

「マジか!絶対絶対、約束だからなッ」

 パアッと本気で喜ぶ俺を仏頂面で見下ろしていた都築は、それから小さな溜め息を吐いて、唐突に俺の腰を掴むとグイッと引き寄せられて驚いた。思わず目をパチクリとしてしまった。

「もう、あんな嘘は言うな。全部、オレが悪い。それは認める。だからもう二度とあんな嘘はごめんだ」

「…うん、判った。俺もごめん。もう二度と言わないよ」

 まさかあんなに怒るとか思わなかったし、こんな人目がバッチリのところで抱き寄せられるなんて羞恥プレイをさせられるぐらいなら、軽いジョークのつもりでも絶対に言わない。約束する。
 ウアイラの陰から属さんが呆れたように覗いていたけど、真っ赤になっている俺はそれどころじゃない。早く離してくれないかな。

「じゃあ、もう解禁だよな?」

 ウキウキとしている都築を見上げて、あ、コイツ、今の話題に紛れて前回の件もナシにしようと企んでいるなと、俺の都築アンテナがビビッと反応したからニコッと笑って頷いた。

「もちろん、解禁でいいよ」

「!」

 都築がもし色素の薄いでかい犬だったら「やったぁ!」と吼えて尻尾をブンブン振るんじゃなかろうかと言う幻視が見えたけど、もちろん、ヤツは仏頂面だしニッコリ笑う俺は悪魔だ。

「但し、お前んちのパソコンのハリオイデッラのフォルダに入っている動画を削除したらだけどな。もちろん、完全消去で!」

「!!!!!」

 流石にギョッとした都築は二の句が告げられないのか、酸欠の金魚みたいにパクパク口を動かすだけで声が出ない。衝撃的過ぎて言葉を忘れてしまったみたいだ。うける。
 よく都築にはウケられてるんで、今回は俺がウケさせてもらった。
 都築は呆然としたように「いや、アレは」とか「貴重な記録だから…」だとかぶつぶつ何か言ってるみたいだけど、俺はいっそ全く聞いてないふりで都築の腕を掴んだ。
 動画と画像を全部消せって言ってるんじゃないんだから、どんなにか俺は優しいだろう。

「ほら!せっかく講義をサボったんだから、早く都築んちに行こうぜ」

 これ以上はないぐらいのやわらかい気持ちでニッコリ笑う俺がぐいぐいと腕を引っ張ってウアイラに導くと、都築のヤツは泣きそうな顔をしたままのらりくらりと歩きつつ、「畜生、こんな時ばっかり可愛い顔しやがって」とか何やら物騒なことをほざきやがる。
 それすらも無視してウアイラのドアを開けろとせっつくと、都築の警護だから自分の車に引き上げようとしている属さんが、「うわ、それはないわ…」とか素で言っていた。
 うるせえ、お前らは俺の逆鱗に触れていることを忘れるんじゃねえ。

□ ■ □ ■ □

「別に全部消せって言ってるワケじゃないんだから気を落とすなよ」

 そりゃ、すごい労力でこの短い間に腐るほど溜め込んだんだから、失ってしまうのは心がもがれるほど残念だろうけどな、同じぐらい羞恥心をもがれてる俺の慈悲深さに感謝しろよ。
 ハーマンミラーの椅子に座らせた都築の両肩に両手を添えて、まるで天使みたいな笑顔で悪魔の囁きを吹き込む俺に、都築は両肘を付いた姿勢で両手で顔を覆っている。画面いっぱいの満面の笑みの俺がそのまま後ろにいるんだ、嬉しいだろ?な?な?
 2ちゃんねるとかで良くある、「ねえねえ、いまどんな気分?」ってのを地でやらかしている気がするけど、今の都築にはちょっぴりの同情心も沸き起こらない。
 よく聞けば、あの練習とか巫山戯たフォルダ名の中身は、最初に見た分と都築のピックアップ以外は、全部属さんと一緒になって俺の身体を弄くっていたっていうじゃねえか。属の野郎も今度何らかのえげつない方法で〆てやらないと気がすまない。
 可愛いだのなんだの、気持ち悪いことを言ってるなぁと思ってたら、ほぼ毎晩気持ち悪いことを俺にしていて、その反応を思い出してはそんなことを言いやがっていたんだろう。
 大男から見たら170センチ弱の男は可愛い部類に入るんだろうかとか、真剣に不気味だと悩んじまっただろうが。多少睫毛の長いのが気持ち悪いと言われる地味メンを舐めてんじゃねえぞ。
 ご丁寧に見つかったとき対策とかで、最初は(スマホの?)カメラの撮る部分を覆ってサムネイルに表示されないなんて姑息な技まで使いやがって、アレは誰の知恵なんだ。都築か、属か?どちらかによっては制裁の凄惨さに違いが出るんだ。

「…都築さ。毎晩、属さんと俺を弄ってたらしいけど、属さんは俺のこと好きって言ってたけど、まあ上司の命令だから仕方ないとしても。お前は本当に俺のこと好きじゃないんだなぁと安心したよ」

 都築の肩から手を離して、俺は英字の単なる羅列みたいなフォルダをクリックして、その中から適当な動画を再生した。

「どうしてそう思うんだよ?」

「え?だってさ、好きな相手だったら、誰かと一緒に触ろうとか思わないだろ。俺なんか好きな相手を友達とでも共有するなんてイヤだもん。俺、独占欲が強いのかな?好きな人は俺だけを見て欲しいし、俺もその人だけ見ていたい。他の人に触られて感じてる姿なんか絶対に見たくない」

 どうせ、初心な童貞のファンタジーだなプゲラってとこだろうけど、これは俺の本音だったりする。
 だから、あの寝取られとか大嫌いだ。
 わざと旦那が他の人に預けるとか設定があって、結局、奥さんはそっちの男に惚れて言いなりになったりするのが許せない。
 どう言う心境であんなのを読むのか知りたいもんだ。

「寝取られとか属さんが言ってたけどさ、ああ言うの大嫌いだ」

「…だからオレを軽蔑したのか」

「うーん、それだけじゃないけど。でも、お前にしたら普通のことなんだろうけど、俺は嫌だなぁ。だから、お前が俺を好きで、恋人とかじゃなくて良かったって思ったよ」

「どうしてだ?」

「だから、もし恋人とかだったら100年の恋も一夜で冷めてたから、即お別れするところだったんだ。恋人じゃないから、今はここにいるけど」

「……」

 都築は不意に黙り込んで、ちょうど属さんが半裸で眠りこける俺を抱き締めながら、「可愛い」と言って頬に口付けている動画が流れているモニターを、食い入るように見据えた。
 何かぶつぶつ言っているみたいだったけど、都築は傍らでうんざりしたように眉を顰めて動画を覗き込んでいる俺を横目でちらりと見上げてきた。

「なんだよ?」

 都築の凝視なんて何時ものことだけど、あんまり熱心に見つめてくるからちょっと困惑してしまう。

「…高校時代も最近も、属とはセフレをよく共有していたんだ。3Pとか普通でしてたしな」

「うげ…やっぱ爛れてんな、お前も属さんも」

「お前ならそう言うだろうな。全然気にならなかった。どっちにしてもつまらないから、属が抱いているのを見ても2人でしても何も感じなかったんだ。ただ、溜まったモノを吐き出すだけ、ただそれだけ」

 なのに、と都築は俺を色素の薄い、感情を浮かべない静かな双眸で見つめてくる。
 そんな目で見られても、出てくるのは気持ち悪いって感想ぐらいだぞ?
 軽く眉を寄せて首を傾げながら見つめ返したら、都築は小さな溜め息を零した。

「最初は録画をさせてるだけだった。お前を両手で触ってみたかったから。だがすぐに属が何時ものように自分にも触らせてくれと言ってきて、何時ものことだから納得して触らせた。納得していたはずなのに…胸の辺りがモヤモヤして、腹の底が痺れるみたいで、苛ついていた」

 都築はそこまで言うと、モニターの中で俺を楽しそうに剥いていく属さんに目線を移して、それから苛立たしそうに動画を消してしまった。

「今日、その理由が判ったよ。お前はもう誰にも触らせない。動画も消す」

「…は?ふーん、そっか。俺は消してくれるならそれでいいけど…って、うわ!」

 不意に都築が身体ごと俺に向き直って、それからぎゅうと抱き着いてきた。
 俺の胸元に頬を擦り寄せて、それからすんすんと匂いを嗅いでいるみたいだ。
 どうしたんだろう、突然甘えたくなったのかな。でかい図体して気持ち悪いんだけど。

「お前も、誰にもこの身体を許すなよ。オレ以外に触らせたら許さないからな」

「はあ?!お前、言ってることがメチャクチャだぞ。だって、練習は俺が人肌に慣れるために、28歳でラブラブな結婚をするために協力してるんだって言ったじゃないか」

「それはそのとおりだ。人肌に慣れればいい。28歳でオレと入籍すれば問題ないだろ?」

 ギョッとする俺をぎゅうぎゅう抱き締めながら口を尖らせていた都築は、それから独りで納得したようにニンマリして、「最初からセフレとは違っていたんだ、ムカついて当たり前だよな」とか「属だって百目木や柏木、ゼミの連中と何も変わらなかったんだ」とかなんとか、勝手なことをほざきやがるから、俺はその腕から逃れようと両手を突っ張るんだけどやっぱ体格差と力不足で逃げ出せない。

「何いってんだ!俺は女の子とラブラブな結婚を…」

「バーカ、お前みたいな処女が女となんか結婚できるかよ。オレが幸せな生活を約束してやるんだ、それに、もうオレに慣れてきただろ?」

 …へ?あれ、そう言えば、最近都築に触られても気持ち悪いって思わなくなったな。今だって理不尽な物言いに腹が立っただけで、別にぎゅうぎゅう抱き締められているのは気にならなかった…これって拙いよね。

「あとはセックスだけだな。初夜はやっぱりラップランドのオレの別荘で…」

「はあ、お前さ」

 俺は諦めたように溜め息を吐いて、それから都築の腕を緩ませると、ハーマンミラーの座り心地のよさそうな椅子に座る都築の腿を跨ぐようにして腰を下ろすと、訝しそうに眉を寄せている頬を両手で掴んでその色素の薄い双眸を覗き込んだ。
 琥珀のように深い色を湛えた双眸はそんな俺を興味深そうに、大人しく見入っているみたいだ。

「忘れてるだろ?俺はラブラブで幸せな結婚をしたいんだよ。お前みたいに俺のこと、好きでもタイプでもないなんて言ってるヤツと一緒に居ても、ちっとも嬉しくもないし幸せでもない」

「そのことで考えたんだ。オレはどうしてもお前を好きになれないし、タイプでもないからさ。お前がオレを好きになれば問題ないんじゃないか?好きなヤツと一緒に居られたら幸せだろ」

「なんだそれ」

 呆れたように息を吐いたら、都築は俺の腰に腕を回して抱き寄せながら、至極当然そうにご機嫌の仏頂面で嘯きやがる。

「お前がオレを好きになるのなら、仕方ないから一緒に居てやるって言ってるんだよ」

 なんだ、その偉そうな態度は。

「あのなぁ、都築。何度も言ってるけど、たとえ天地が逆さになったって俺がお前を好きになることなんてないっての」

 途端に都築がムッとしたように唇を尖らせて「お前だってオレを好きにならないじゃないか」とかブツブツと何かを言いやがるけど、俺はそれを無視して、それから閃いたからニヤッと笑って色素の薄い双眸を改めて覗き込みながら言ってやったんだ。

「でも、お前が俺を好きになるって言うのなら、俺の考えも変わるかもな」

「可能性なんてクソ食らえだ」

 フンッと鼻を鳴らす都築にぶぅっと口を尖らせた俺は、その腿から降りながらその高い鼻をキュッと摘んでやった。

「だいたいエロ動画撮って俺を怒らせたのはお前なのに、ちょっと生意気だぞ。反省しろ、反省!」

「…練習は続けるから問題ないだろ。属との動画は消すけどさ」

「はあ?なんだそりゃ、俺はハリオイデッラのフォルダの動画を削除しろって言ったよな?」

「だから、ハリオイデッラの中の属の動画を削除するんだろ」

「…誰が属さんが映ってるヤツだけって言ったよ。俺の動画全部だ!」

「お前はそんなこと言わなかった。ハリオイデッラの中の動画を消せって言ったんだ。だから、属が映った動画は全部消す。それで問題ないだろ?」

 なんなら証拠の音声を聴くかと、スマホを持ち上げて俺に振ってみせる都築は、途端に人を喰ったような嫌な笑みをニヤリと浮かべやがった。
 コイツ、どっか抜けてるお坊ちゃんだと思っていたけど、全然そんなんじゃねえぞ。
 こっちの弱みを見つけたら獰猛な肉食獣のように喰らいついて、それから弱るまでジワジワと追い詰める、紛うことなき野生のハンターだ!

「そっか。俺の言葉が足らなかったのが悪いのか。だったら、都築がそんな風に揚げ足を取っても仕方ないんだよな。今後、絶対に動画は撮らせないって決めた!」

「はあ?!なんだよそれ。嫌だね、俺は撮るぞッ」

 自分が動画を撮るのだから俺に断る必要はない…なんて、どこの独裁者だお前は。
 いいか、都築。俺が常識を教えてやるからな。よく聞いておけ。
 この日本には盗撮って言葉があるんだ。被写体に断りなくエロ動画を撮ったり盗み撮ったりするのは、盗撮って言う立派な犯罪なんだ。
 と、俺が真剣に常識を説いたところで、都築は絶対に聞かない。飲酒運転ダメ絶対!とか、野菜を残すなとか、どうしてPS4を出しっぱなしで大学に行くんだとか、そう言った俺の小言は正座して神妙な顔付きで聞くくせに、自分が信念を持っている行動は絶対に聞く耳を持たない。曲げない。たとえそれがとても理不尽な内容であってもだ。
 でも、小言も神妙な顔して聞くくせに実行は伴わないよな。絶対に都築は俺をバカにしてる。
 何時か絶対、お前がぎゃふんと後悔するようなことをしてやるからな!

□ ■ □ ■ □

 久し振りに弟たちと電話で話したら、自分たちが撮った動画や画像に都築が(違った意味で)興奮して喜んでいたと知って、弟たちが撮っていた写真や動画を興味本位で送ってきた。
 撮り方が上手だから興奮したと勘違いしている弟たちに説明するのも面倒臭いし、自分が撮っている画像をSNSにアップしている弟がガックリするのも可哀想だから、俺は礼を言って昔の画像をスマホのフォルダに格納した。
 どうせ都築から見つけられて欲しがられるか、前回で覚えたかもしれない送信方法で勝手に盗まれるかに違いないけど。
 やれやれと溜め息を吐きながら鍵を開けて部屋に入って、俺は固まってしまった。
 今日は見かけないなぁとは思ってたけど…

「…お前たち、何してるんだ?」

 立ち尽くす俺の前で、都築と属さんが深々と土下座していた。
 困惑して眉を寄せる俺を、2人は恐る恐ると言った感じで顔を上げて見上げてくると、都築がボソボソと事の真相を話してくれた。

「お前がずっと怒っているし、オレにしても属にしても何時までも軽蔑されたままは嫌だから、どうしたらいいか姫乃に相談したら、まずは土下座だと言ったんだ」

 俺が怒っているのはお前がハリオイデッラのファイルを消さないからだろ。
 でもまあ、属さんや都築を軽蔑しているのは確かだし、だいたい独りをこんな大男2人で悪戯しまくるってのは、俺じゃなくても軽蔑するんじゃないか?

「土下座したら、次は美味しいもので詫びろ。それから旅行に連れて行けってことらしい。オレも属もいまいち詫びることが判らなかったから、姫乃に聞いたんだ。これから属と2人で割り勘して寿司を頼むから、許してくれ。それで、温泉も奢る」

 ボソボソ説明する都築も属さんも、これ以上はないぐらい眉尻を下げて縋るように見上げてくる姿は、どうやら本当に反省しているみたいだなと思える。
 都築はこの間、俺に証拠の音声を聞かせて納得させようなんて巫山戯たこと言ってさらに怒らせたから、本当に反省しているかいまいちよく判らないけど、属さんは本当に反省しているんだろう、今にも泣きそうな見たこともない面で唇を噛んでうんうんと頷いている。
 そんな属さんを何時までも苛めても可哀想だから、都築の件はまた後回しにして、俺は溜め息を吐いた。

「ふうん。だったらもういいよ。本当に反省しているみたいだしさ」

「マジか!」

「ホントっすか?!」

 肩に下げていたデイパックを何時もかけている100円で買って取り付けた物掛けに下げると、てくてくと歩きながら上着を脱ぐ俺をパアッと表情を明るくした大男2人が目線で追う。

「じゃあ、寿司を注文する!」

「坊ちゃん、都築家御用達の銀座の店ッスよね?」

 俺が寿司で納得するかどうか心配していたんだろう、ホッとした2人で勝手に話を進めて属さんが内ポケットからスマホを取り出すから、俺は部屋着に着替えるためにアウターを脱ぎながら首を左右に振った。

「寿司はいらない」

「え、何故だ??」

 驚いたように注視してくる都築は不意に少し不安そうな表情をしたから、俺がもういいよと言ったのは完全に見放そうとしているんじゃないかと、却って不安になったみたいだ。

「違うよ。ちゃんと許してる。俺、今日は豚の角煮を仕込んでるから寿司はまた今度がいいなってこと」

 ニコッと笑ってジーンズを脱ぐとスウェットを持ち上げて…ハッとして2人を見たら、都築も属さんもジッと俺のトランクスから伸びる素足を見ていた。こいつ等、絶対に反省してないだろ。
 ぶぅっと頬を膨らませつつそんな2人を睨み据えながらすぐにスウェットを穿いたら、都築が「くそッ」と呟いて床を叩き、属さんが「ホントっすね。可愛すぎますね」とかなんとか言ってなんだか鼻を押さえている。変なヤツ等だ。

「じゃあ、寿司はお前がいい時に頼むとして、だが何もしないのは気が引ける。何か注文してくれ」

 都築も属さんも正座には耐性があるのか、薄っぺらいカーペットを敷いているだけの硬いフローリングの上で正座したまま、納得できないとちょっと不機嫌そうな表情で都築に言われてしまった。

「うーん、別にこれと言って欲しいものもないしなぁ…あ、そうだ!」

 脱ぎ散らかした服を洗濯機に投げ込んでから、デイパックから取り出したスマホをちゃぶ台の上に置きつつ首を傾げていた俺は閃いた!と頷いて、正座したままで俺の行動を熱心に追いかけていた2人に、若干1名はちゃぶ台に置いたスマホが気になっているみたいだが気にせずに言った。

「俺、都築がモデルしてた時の写真が見てみたい」

 パアッと表情を明るくして頷く属さんの隣で都築が青褪めた。
 どうやら都築はモデル時代の写真を見せるのは嫌らしい、よし、じゃあどんなことがあっても見てやろう。ネットで検索すれば出てくるんだろうけど、せっかく本人が目の前にいるんだから直接見せてもらったほうがいいもんね。

「その、今は持ってないし…今度持ってく」

「俺、坊ちゃんが掲載されてる雑誌、ほぼ全部持ってるッス!ちょっと取ってきますね」

「属…!!」

 スクッと立ち上がってさっさと部屋を後にする属さんを都築が恨めしげに見送ったが、ベッドに腰掛けた俺を見るなりグッと言葉を飲み込んだみたいだ。そうだろうな、俺がニヤニヤ笑っているんだから、都築としては弱味だと取られたくはないんだろう。

「お前さあ、モデルって何時してたんだ?今もしてるの??」

「いや、もう辞めた。最初は読モだったんだよ。属と歩いているところを街で声をかけられて。高校までだ」

「その頃は興梠さんじゃなくて属さんが護衛だったのか?」

「いや?護衛は興梠で、属とは遊びに行っていただけだ。言ってなかったか?アイツとオレは同級なんだ。あ、お前とも同い年だな」

「!!」

 衝撃的事実にビックリして目が白黒してしまった。
 てっきり属さんは俺より年上だと思っていたから…ってそうか、それで都築と仲良しだったんだな。

「属は高校を卒業したら進学せずにすぐにアルティメット・セキュリティサービスに就職したんだ」

「もしかして、同じ高校だったとか?」

「ああ、もちろん」

「…そっか。で、同じくモデルをしてたと?」

「そうだな。2人一緒のほうが見栄えもしたから、向こうがそれを望んだしな」

 都築はもう諦めたように溜め息を吐いて全部話してくれたみたいだった。
 属さんが同い年と言う衝撃と都築と一緒にモデルをしていたと言う事実に、俺はどんな顔をしたらいいのか判らずに、袋と何冊か腕に抱えて戻ってきたにこやかに?マークを浮かべている属さんを複雑な表情で見つめてしまった。

「なんすか?篠原様、何かたまってんすか。可愛いな」

「モデルになった経緯を話していた」

 床に重い音を立てて雑誌と袋を置いた属さんの戯言を無視していると、都築がフォローを入れて、なんだそんなことかと言いたそうな顔をした属さんはニッコリと笑った。

「ああ、俺が同い年ってんでビビッてんすね。俺のこと年上だって思ってたみたいですもんね」

 クククッと笑った属さんに都築は肩を竦めたけど、俺は「そのとおりだよ!」と口を尖らせて言い募ると、ベッドから降りて床に置かれた雑誌をワクワクしたように見つめた。

「でも、どうして昔の雑誌を車に乗っけてたんですか?」

 それでも口調はいきなり改まらなかったから、属さんは苦笑しながら頷いて答えてくれた。

「坊ちゃん、昔の写真を見られるのすげえ嫌がるんすよ。だから無理難題とか押し付けられた時の防波堤に何時も車に乗っけてるんです」

「あー…なるほど」

 傍らで両手で顔を覆って見ようとしない都築を見ていれば判る。
 まあ、そんな都築は軽く無視して俺は早速、一番古そうな雑誌を一冊床に置いてページを捲ってみた。
 巻頭には当時人気だったアイドルが大きな顔で掲載されていたけど、ページの中頃、『街で見かけたイケメンくん!』とかなんとか、それっぽいタイトルが踊るページの一番最初に都築と属さんがででんと載っかっていた。他のイケメンはバストアップとか小さく掲載されているのに、2人はデカデカと掲載されていたから、突撃取材のカメラマンもインタビュアーも目を奪われたんだろうってことはよく判った。

「なんで嫌なんだ?カッコイイのに」

「…カッコイイ?」

「うん、カッコイイ。属さん、これって高校何年ぐらいの時の写真なんですか?」

「これは一番最初だから、1年の時ッスね。これと、これなんかは1年の時ッスよ」

「ふうん」

 属さんはちょんまげにしているやっぱりチャラ男風で二カッと笑っているけど、都築は今よりももっと子供っぽくて、少し拗ねたような表情はイケメンに甘さが入っていて憎めない。
 いずれにしてもどっちも、一緒に写っているイケメンが可哀想になるぐらいの一級品だ。

「これは仕事で撮ったヤツっすね」

 属さんが見せてくれたページの都築は少し大人びていて、綺麗なお姉ちゃんの腰を抱えながら写っているのは、まるで世界の中心は自分にあると思い込んでいる傲慢なガキのようにも、確かに両手で掴んでいて叶わないものなんて何もない不遜な成功者のツラのようでもあり、その時に着ている服に似合った表情だなぁと思った。

「…」

 俺が無言で魅入ってページを捲るのを都築は黙って見つめているようだったけど、不意に何を思ったのか、いきなり背後からギュッと抱きついてきた。

「うっわ!」

「坊ちゃん?!」

 俺と属さんは同時に声を上げたけど、都築は不機嫌そうに眉を顰めて、それからぶつぶつと言った。

「長いこと出入り禁止だったんだ。補給させろ」

「はあ?…はは、何いってんだか」

 俺が雑誌を読んでいたり本を読んでいるとき、モン狩りをしている場合は俺が背中を背凭れ代わりにして、モン狩りをしていない場合はいつもこんな風に後ろから抱きかかえてくるから、もう慣れてしまっている俺は都築の足の間に座り直して雑誌に目線を落とした。

「…うーん、坊ちゃん、篠原様を好きじゃないとか言うけど、充分ラブラブなんだけどなあ」

 ブツブツと属さんが困惑したような表情で何か言っているけど、都築の胸板を背凭れにして雑誌を捲る俺は気にせずに、俺の肩に顎を乗せてくる都築に言った。

「やっぱり都会の高校生ってすげえんだな。こんなの見てると、都築たちがモテまくってたってのも頷ける。俺が高校2年の時なんか夏と言えば川遊び、冬と言えばゲーム三昧とか…お前たちが高校のときの俺に会ってたら見向きもしなかっただろうなぁ」

 クスクスッと笑ってページを捲っていると、「高校のときに会ってたら間違いなくレイプしてた」とか「あの頃は性欲が有り余ってたから見境なかったと思うッス」とか、なんとも物騒で不気味なことを言いやがる2人に、やっぱりお前ら反省してないだろうと思いながら、数年後にこんな変態になるとは思ってもいないだろう雑誌の中の煌びやかな2人を眺めていた。

「この当時の坊ちゃんは飛ぶ鳥を落とす勢いっつーんですかね。超モテまくって、高校でもモデルでも喰ってないヤツがいないんじゃないかってぐらいだったんすよ」

「ははは、それって大学と一緒だな」

「…属、余計なこと言うなよ。オレよりお前のほうがあの頃は派手だっただろうが」

「グッ」

 だらしないのは嫌いだと宣言したときから、都築も属さんもできるだけ自分の交友関係を口にしようとしないけど、たまにこんな風に言い合うことがある。なんだよ、モテてます主張かよ。ムカつくなあ。

「あ、そうだ。属さん、ちょっと俺のスマホ取ってもらえます?」

 都築は俺のスマホを自分と俺以外が触るのを殊の外嫌うけど、背後からがっちりホールドされてるのに身動きできなんだ、仕方ないだろ。だからスマホを取ってくれた属さんを地味に睨むな。

「さっき弟が送ってくれたんだけど、俺が高校の頃の動画…ぶっ」

 ちくちくとフォルダを開こうとモタモタする俺の手からスマホを強奪した都築は、片手だって言うのにサクッとフリックとタップを決めて、弟が送ってくれたガキ丸出しの俺の動画を再生しやがった。誰が勝手に観ていいと言ったんだ。俺にだって選ぶ権利ぐらい寄越せ。

『やめろちゃあ、水がかかったらケータイ壊れるちゃ』

 アハハハッと賑やかな声が漏れているのは、どうやら夏のプール開きに向けて、みんなでプール掃除をしている動画らしい。タンクトップの下着と体操着の半ズボンで笑いながら、みんなでキャッキャッしてる動画なんて、お洒落でイケメンな都築たちが見たって面白くもないだろうに、それどころかガキだってバカにされると思ったから選びたかったのに。

「…これ、乳首見えてますよね」

「…半ズボンだと?」

 クソッとなぜか悪態を吐かれている俺の動画が可哀想になって、都築の手からスマホを奪おうとするけど、リーチの違いもあるし腰をガッチリ掴まれているせいで身動きが取れない。奪えない、ぐぬぬぬ…。

『夕方から雪が降るち義母ちゃんが言っちょったけ、やけ今日は早よ帰れよ』

 マフラーをした俺が鼻の頭を赤くして手袋の両手で口元を覆うと、俺を撮っている弟をジロッと横目で睨みつつ方言で注意するけど、なんか動画を撮られているとついつい笑いたくなる俺はやっぱり笑って「やめろちゃ」と言って携帯電話を押しやろうとしていた。

「学ランに方言…クソッ、レアだ」

「レアっすね」

 だから、俺の動画はバトルカードとかじゃねえぞ。

「なんだ、この宝の山は。篠原、これ全部欲しい」

「あ、俺もできれば欲しいッス」

「はあ?あげねえよ。なんで俺の動画をあげないといけないんだよ。これは、俺とお前たちの違いを見せようと…」

 俺がうんざりしたように口を尖らせたけど、都築のヤツは「これ送信はどうするんだ?」とか勝手に聞いて、「取り敢えず、坊ちゃんのパソコンに全部送りますね」とか属さんが答えて勝手に送信しやがったみたいだった。

「おい、画像もあるぞ。これは何時だ?」

 勝手に動画を送信しやがった都築たちは、画像フォルダまで勝手に開きやがって、膨れっ面の俺の目の前にスマホの画面に映った画像を見せてきた。
 山桜が散る中ではにかんでいるまだずいぶんとガキの俺が笑っているそれは、確か高校の入学式じゃなかったっけ。

「高校の入学式だと思うけど…」

「中学卒業したばっかッスか!可愛いッ」

 属さんが薄気味悪いことを言うからげんなりしていたけど、俺は都築が無言でその画像をじっくり魅入っていることに気付いた。
 なんだろう、ものすごく気持ち悪い予感がするんだけど…

「属、オレのスマホにこれを送ってくれ」

 すぐに属さんが俺が止める暇もない迅速さでサクッと送信するから、もう好きにすればいいと泣き出しそうな俺の前で、都築が手にしているスマホがピロンッと鳴って受信を報せ、胡乱な目付きの俺の前でヤツはそれを待ち受けに設定しやがった。

「都築、やっぱりお前気持ち悪い」

「はあ?こんなレアな画像、待ち受けにするだろ、普通は」

 いや、しないでしょ。普通に考えて。

「坊ちゃん、いいなぁ…」

「属はダメだぞ。ひとつなら動画をやってもいいが、全部はダメだ」

「ちぇッ。とんだ独裁坊ちゃんだ」

 お前らは何を言ってるんだ。
 あーあ、ちょっと田舎の高校生と都会の高校生の違いを見比べてみようとしただけなのに、結局画像も動画も全部盗まれてしまった。

「…じゃあ、俺の動画と画像はあげたんだから、この雑誌を全部ください」

 都築の囲いから抜け出せないままぐぬぬぬ…っと歯噛みしていた俺が、頬を膨らませたままでお願いすると、都築は嫌そうに一瞬眉を顰めたけど、属さんは気軽に「いいッスよ」と快諾してくれた。

「これから都築の防波堤がなくなるけど…」

「ああ、心配はご無用ッス。もうワンセット、別の車に乗っけてるんで」

 都築が「お前、なに考えて…」とうんざりしたように属さんを見てブツブツ言っているけど、それだけ準備していないと非常識でとんでもない命令を平気でされるんだなと言うのがよく判って、俺は都築をなんとも言えない表情で見上げてしまった。

「なんだよ、その顔は」

「都築さ、少しは護衛のみなさんを大事にしろよ」

「はあ?」

 属さんが曰くには今の都築は護衛なんか必要ないほど強いんだけど、お父さんと姫乃さんが心配してお守り代わりに付けているだけなんだそうだ。属さんは同級生だし気心も知れているからいいだろうし、興梠さんは昔からのお付きの人だからOKってことで、この2人以外は必要ないと断っているんだとか。

「篠原様に許してもらえてよかったし、可愛い写真や動画も見せてもらえてラッキーでした!んじゃ、俺はまだ任務があるんでこれで失礼しまッス」

 ホクホクした属さんが腰を上げてお暇するのを見送ってから…とは言え、背後から都築にがっちりホールドされているから玄関までお見送りはできなかったけど、俺の動画を機嫌よく観ている都築を振り返った。

「ま、強いってのはいいことだけど。でも、自分の力を過信せずに、ちゃんと危険なときは護ってもらうんだぞ」

 弟に言い聞かせるみたいに呟いたら、俺の腰を抱く腕に力を込めた都築は、それからクククッと笑ったみたいだった。

「了解、お兄ちゃん」

 誰がお前の兄ちゃんだ。
 ちぇ、心配して損しちゃったぜ。
 あったかいけど硬い都築の胸板に凭れてぶうっと頬を膨らませたものの、俺はそうかと頷いていた。
 どうして都築が何をやっても気にならなかったのか不思議だったんだけど、俺、どうやらコイツを弟たちと同じレベルで考えていたんだな。
 そっか、そうだったんだ…でも、この事実は都築には内緒にしておこうと思った。
 何故か、絶対に言っちゃいけない予感がしていたんだ。
 何故かって決まってる、弟ヅラした都築がきっと無敵になりそうな予感がしたからだ。
 長男だけど弟でお兄ちゃんをやってのけてる都築のことだ、甘える加減も、長男でずっとお兄ちゃんの俺より心得ていると思う。
 負ける、絶対に負ける。
 …うん、黙ってようっと。

□ ■ □ ■ □

●事例14:エロ動画を撮っているのに反省しない
 回答:お前はそんなこと言わなかった。ハリオイデッラの中の動画を消せって言ったんだ。だから、属が映った動画は全部消す。それで問題ないだろ?なんなら証拠の音声を聴くか?
 結果と対策:そっか。俺の言葉が足らなかったのが悪いのか。だったら、都築がそんな風に揚げ足を取っても仕方ないんだよな。今後、絶対に動画は撮らせないって決めた!

13.スマホやパソコンのなかみ・寝室などがいろいろ酷い(属、お前もか)  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「都築のスマホって俺が見てもいいのか?」

 まあ、ダメだろうな。
 セフレとかそうじゃない大事なメールとかイロイロあるだろうから、俺なんかよりも交友関係も広いし、家の事情もあって、俺みたいに開けっぴろげができる立場でもないしな。

「いいぞ。ほら」

 恒例である俺のスマホの内容チェックをしている都築はなんでもないことのように言って、それからベッドに投げ出している自分のスマホを放って寄越すからビビッた。

「へ?…え、いいのか??」

「はあ?見たいって言ったのはお前だろ」

 別に都築のプライベートが知りたかったワケじゃないんだよね。アレだ、前に見せてもらった動画、できればアレを削除したい。
 都築は俺宛の迷惑メールとか女の子からのメールとか、内容をチェックしたら勝手に消してるからな。それに画像も。
 ちょっと前に百目木と行ったイベントで、可愛い初音ミクのコスプレイヤーさんが一緒に写真を撮ってくれたのに、都築のヤツはそれを見つけるなりいきなり消去しやがったんだ。それも完全に。
 もう復旧できないんだぞ、酷い。
 前にフィギュアと言えば喜んで遊びに来ると思ってんだろとか言ってたけど、喜んで遊びに行くような地味メンヲタです、ごめんなさい。
 だから(悔しいから)、脅しの道具にも使われかねないあの動画を勝手に無断で削除してやるんだ。
 …って言うか、もう削除されてたりしてな。
 あ、その考え方が正しいか。コイツのことだから、言い訳に動画を撮ってただけだろうし、下手に動画を観たらセフレとのアレやコレが映ってたらどうしよう。
 うん、観ない。
 でも、好奇心が…ちょっとだけ。ちょっとだけ、観てみよう。
 画像のフォルダはすっ飛ばして、動画フォルダと思しきものを発見したので開いてみた。
 都築には内緒だから音声を絞っておいて、最初に開いた動画はセフレとのモニョモニョで、コイツってハメ撮りとかするんだなと気持ち悪くなった。
 なんだ、これ。1分もない動画はまるで試し撮りでもした感じだな。いや、この相手ってユキっぽいから、初めての記念とかで取ってんのかな。都築ってそう言うの大事にしそうだから。
 とは言っても、一番古い動画がそのハメ撮りの3個で、その下の数十個はありそうなファイルは全部俺の動画だった。
 これ全部俺の動画なのか…気持ち悪いな。
 もう、随分と前のモノから…って、俺がまだ都築と知り合ってもいなかった頃の動画があって吃驚した。
 その動画は僅か1分半ほどの短さだったけど、入学したてで右も左も判らない俺と百目木が、困った顔で笑いながら桜並木を歩いているだけのなんの変哲もない動画。なんだか、エッチな動画を見つけるより恥ずかしいのはどうしてだろう。
 その他は、俺が食事の用意をしている後ろ姿だとか、大学の講義中のものや、本を読んでいるところ、家で勉強しているところやモン狩り中の都築の横で一緒に画面を見ていたり…何時の間に撮ってたんだ。
 そして1つの動画で手が止まった。
 それは雨が降っていて、何処にも行きたくない午後の俺のアパートだった。
 俺がウトウトと眠っているのを撮っていた都築は、小さいクシャミにスマホを床に置いて俺を抱き上げるとベッドに行こうとして不意に立ち止まり、それから思い直したようにアパートの安いサッシの窓辺に腰を下ろすと、俺を抱きかかえたままで雨粒が流れる透明の硝子を見上げている。
 少し肌寒かったのか、俺は夢現で都築に身体をぎゅうぎゅう寄せて、それからぬくもりにホッと安心したような息を吐くと、また夢の中に戻っていったみたいだった。
 声を出さないようにしているから判らなかったけど、都築は何かをブツブツ言って、それから俺の髪に頬を寄せてすごく幸せそうに笑うと、雨の烟る窓の外を見上げて眺めている。その横顔が、とても綺麗だった。
 なんだかおかしな気持ちになったから、俺は慌ててその動画を閉じると、他は全部似たようなモノばかりだったからフォルダそのものを閉じた。
 結局、お目当ての動画を探す気にもなれなかったんだよね。
 画像のフォルダもちょっと開いてみた。肌色だったら閉じようと思ったけど、やっぱりそこにも俺の画像が山ほどあるんだ。
 今度は試し撮りみたいなハメ撮り画像はなくて、大半は料理中の立ち姿だったけど、大学で道を急ぐ俺だとか、トイレに入っていて迷惑そうな顔をしている俺、風呂に入っていて恥ずかしそうな全裸の俺、それから眠っている俺…ってこれ全部、盗撮じゃねえか!!
 思わず都築のスマホを投げ出して、床にガクーッと膝を付きたい気分になったけど、俺は微妙な顔をして都築を見つめてしまった。

「何を見てるんだ?どうしたんだ??」

 そんな俺に気付いた都築が怪訝そうに眉根を寄せて尋ねてくる。

「お前ってさ、ホントにイケメンだよな。でも、気持ち悪い」

「はあ?」

 意味不明だったんだろう、俺のスマホの内容チェックをしていた都築は、俺の手から自分のスマホを取ると何を見ていたのか確認した。

「ああ…別によく眠ってるみたいだったから撮っただけだ」

「ふうん…あ、そうだ。お前、あの動画…」

「動画?!」

 ハメ撮りはパソコンにでも送って別で保管したほうがいいんじゃないかと軽い気持ちで忠告しようとしたら、動画に反応した都築が珍しく頬を真っ赤にしてギョッとした顔をしたから、その反応に吃驚してしまった。
 へえ、コイツでも恥ずかしいとか思うんだな。
 エッチに関することでもケロッと口にして俺を赤面させると、それが面白いって視姦してくるようなヤツが、ハメ撮りを観られて羞恥してるなんてすげえ。
 セックス中でも平気で電話したりメールしたりしてくるから、てっきり、エロシーンを観られても平気なんだとばかり思っていた。

「ははは。なんだ、お前でもハメ撮り観られたら恥ずかしいんだな。じゃあ、やっぱりあの動画はパソコンにでも保管しておいたほうがいいと思うぞ」

「…ハメ撮り?ああ、なんだこれか」

 怪訝そうに眉を寄せた都築は動画フォルダを開いて古い日付のファイルを確認すると、なんでもないことみたいにいきなり3個とも全部消してしまった。

「オレさ、スマホで動画撮るとか考えたこともなくて、何かを残したいとか興味もなかったんだよ。だから動画の撮り方がいまいち判らなかったから練習したんだ」

「…エッチの最中に動画の練習したり電話したりメールしたりするのはやめろよ」

「セックスなんてつまらないだろ?夢中になる時もあるけど、そんなの最近やっとそう思えるようになったぐらいだ。頼まれるからしてるだけで、溜まらなけりゃ本当はセックスなんかしなくてもいいんじゃないかって思ってる」

 面倒臭そうに不貞腐れる都築の態度に驚いた。
 コイツって性欲魔人で無節操だとばかり思ってたのに…でもそう言えば、前に穴なんか誰でも一緒だから外見ぐらいは綺麗なヤツと犯んないとつまらないとか言ってたな。あれはてっきりモテてるのを自慢してるのかと思ってたけど、本当につまらないと思ってたから言っていたんだ。

「でも、相手に悪いだろ」

「心配しなくても最中は誰も気付いてない」

 鼻を鳴らして素っ気ない口調の都築の反応を見ていると、自分は夢中になれないものにきっと夢中になりまくっている相手に違和感を持っているんだろうなと思う。

「ふーん、でも電話されるこっちは迷惑だ。大事な話でも声で…その、よく聞こえないし」

「ああ、アイツらよがり狂って声がでけえもんな。これからは気をつける」

「そうしてくれ」

 呆れて溜め息を吐いた俺は、それからふと思い出した。

「都築さ」

「なんだよ?」

「どうして入学したばっかの頃の、俺の動画を持ってるんだ?」

「!」

 俺はちょっと、声もなく驚いてしまった。
 ギクッとした都築のその反応。
 ジワジワと首からゆっくりと赤くなっていくのも吃驚だけど、バツが悪そうな、苦虫を噛み潰したような顔付きを初めて見たからだ。

「ソレは、その、アレだ。桜が綺麗だったから残そうと思ったんだ。そしたら、たまたまお前が映ってただけだ」

 確かに何時もの不機嫌そうな顔で言われたのなら納得していたけどお前、そんなあからさまに動揺している顔で言われても納得出来ないんだけど。

「ああ、あそこは余所からも来るぐらい有名な桜並木だもんな」

「そうだ」

「…でも、被写体は桜じゃなくて俺だったぞ?」

「………………お前が」

 都築は顔も、耳までも真っ赤にしたままでバツが悪そうに唇を噛んでいるみたいだったけど、どうやら観念したのか、その世にも珍しい表情をもっと見たいと覗き込む俺の顔を押し遣りながら、都築は軽く咳払いして話し始めた。

「道に迷ったからって同じ新入生だったオレに声を掛けてきたんだよ」

「へ?」

「…ち。おおかた在校生と間違えたんだろ。桜の花びらを髪にいっぱい付けて照れ臭そうに笑って大講堂にはどう行ったらいいかって聞いてきたんだ。その場所はパンフレットで知っていたから道順を教えてやったら嬉しそうに笑ったお前が、有難うと言ったんだ。だから、撮ったんだよ」

「…は?」

 今の何処に撮っておこうと思う瞬間があったんだ?
 ああ、でもそう言えば覚えてる。
 有名な桜並木で、満開が過ぎて散り始めた桜がとても綺麗だったから、百目木と夜とか灯りに照らされてたらロマンチックだろうなーとか童貞の妄想が炸裂してたら道に迷って、大講堂の場所が判らなくなったんだ。そこで誰かに聞こう!ってなったんだけど、百目木も俺も、その時は立派な地味メンヲタのコミュ障だったから、誰に聞こうかって、どっちが聞こうかって譲り合いになってジャンケンして、それで負けた俺が新入生ばっかのなかで、眼鏡をかけた大人っぽいヤツが1人、桜の下でぼんやり佇んでこっちを見ていたからてっきり在校生だと思って声を掛けたんだった。
 背が高くてイケメンで、こんなお伽噺の中の王子様みたいなヤツもいるんだなぁって、当時は先輩だって思っていた都築一葉に、恐る恐る声を掛けたんだけど、都築は唐突に不機嫌そうな顔をして突っ慳貪に大講堂の道順を、それでも丁寧に教えてくれた。
 その時はあんな噂とか知らなかったから、俺もこんな風に、格好いい大人になりたいなって…今からじゃ考えられないけど、都築に憧れたんだよなぁ。

「憧れは儚く散ったけどさ」

「?」

 照れ臭さの残った頬を冷やそうとでもするかのように片手でパタパタ扇ぐ都築は、俺のため息混じりの独り言に訝しそうに眉を顰めた。
 そう言えばコイツ、あの時から俺には不機嫌そうな面をしてたな。

「俺が有難うって言ったら動画が撮りたくなるのか?」

「煩いな!桜が綺麗だって思ったんだッ。それだけだ」

 あくまでその言い訳で乗り切ろうとする都築に呆れはしたものの、どんな答えを期待していたワケでもないから、俺は肩を竦めて納得してやることにした。そうしたら都築のヤツはちょっとホッとしたみたいで、そろそろ夕食の準備でもしようかなと立ち上がる俺をジッと見つめていたけど、徐に俺のスマホを見せながら言ったんだ。

「この、画像と動画が欲しい」

「…は?」

「家の前か?ここで笑ってる画像と、高校卒業の時の動画みたいだけど。これが欲しい」

 都築が俺に見せたのは、大学に入学するからと両親がプレゼントしてくれたこのスマホが嬉しくて、高校の卒業式に弟たちが試し撮りだと撮ってくれた動画と、東京に上京する記念だと言って工場の隣にある実家の前で、これまたやっぱり弟が撮ってくれた一番古い画像と動画のファイルだった。
 自分の隠し持っていた動画がバレたと思ったのか、都築はもう隠す必要もないと高を括ったみたいで、大っぴらにそれまで欲しいと思っていたけど我慢していたんだろう要望を隠さなくなった。

「高校は学ランだったんだな。これはレアだ」

 俺のスマホを差し出して頷いている都築に、俺の写真はバトルカードじゃないぞと言いたいのをグッと耐えて、まあ、別に何かに悪用されるってワケでもないから画像や動画のひとつぐらいどうってことないからくれてやることにした。

「なんだ、画像の送信とか知らないのか?」

「興味がなかったんだ。セフレはよく送ってくるけど、オレは送ったことはない。欲しがられても送る気にはなれなかったし」

「ふうん」

 都築ぐらいのリア充になったらSNSとか当たり前で、エッチ問わず動画の送受信ぐらいしてるんだろうと思っていたけど…そう言えば、コイツのスマホの中身って今のところ全部俺のファイルばっかだったな。

「都築ってスマホはこれ一台なのか?リア充ってさ、スマホを何台も持ってるんだろ?」

「はあ?スマホなんて一台あれば充分だろ。姫乃に言って、お前も献立の送受信はこっちでやるようにしたら面倒臭くないぞ」

 それって自分が確認する手間が省けるからじゃないだろうな…

「でも、画像を撮るから俺のスマホの容量だとすぐにいっぱいになるよ。あ、でもそうか。撮って送信したら消せばいいのか」

「消すなんて勿体無いだろ。SDカードを使えばいい」

 都築は容量のあるSDカードを使用しているらしく、あの大量の動画と画像はそっちに格納しているんだとか。だから、一台で事足りると言うんだけど、なんか見られたくないメールとかあるだろうにさ。

「見られたくないメールとかどうするんだよ」

「オレはセフレにスマホを見せる気はない」

 俺んちにいる時は外しているそうだけど、セフレと会う時は前もってパスを入れるんだとか。聞けば、セフレに俺の画像を消されたりするのを防止するためだってことらしいけど…そこまで俺のファイルに価値はないと思うぞ。それよりも、お前自身の個人情報を護るとか言えよ。

「まあ、お前がいいんなら一台でいいんだろうけどさ。ほら、送ったぞ」

 都築のスマホがピロンッと鳴って、受信を告げたらしく、ヤツは満足そうに何やら操作をしているみたいだった。

「そう言えば最近お前んちに行ってないけど、あのダッチワイフとかどうしてるんだ?セフレが気味悪がらないか??」

「…」

 俺の素朴な疑問に一瞬都築は動作を停止したけど、すぐに不機嫌そうに眉を寄せて淡々と聞かせてくれた。
 なんでも、あのダッチワイフを部屋に置いたままセフレを呼んだら、俺が言うように気味悪がられるし貶されるんでムカッとして、仕方ないから実家に持って帰ったんだと。そうしたら姫乃さんともう1人のお姉さんの万里華さんと妹の陽菜子ちゃんが興味津々で、ちょうど泊り込みで護衛に当たっていた属さんに抱いてみろと言ったらしい。

「属はお前を好きだからな。喜んで二つ返事だったらしい」

 都築は不機嫌と不満を併せ持った複雑な表情をして腕を組むと苛立たしそうに話を続けてくれるんだけど…属さん、確かに都築と離れてる時にお世話になったから食事とかご馳走していたけど、最後らへんで付き合ってくれと告白されたんだよな。でも、どうして都築家に関わる連中はみんなゲイを公言するんだろう。
 おまけにエロシーンを三姉妹に見せるなんて…今後、属さんとは絶対に口をきかないし目も合わせない。

「その事実を翌日実家に戻って知ったんだけど、属の野郎、隠しモードまで見つけ出して充分堪能した、あざーっすとか言いやがったんだぞ。姫乃の命令じゃなかったらぶっ殺してやるところだったけど、安心して実家にも置いておけないし、仕方ないからマンションに持って帰ったんだ。で、もう面倒臭いからセフレを家に呼ばないことにした。そうしたら、室内も充実できるって気付いたしな」

 …室内も充実できるだと?

「え?今のお前んちってどうなってるんだ??」

「別に普通だけど?」

 うん、判った。

「明日、お前んちに行ってみてもいい?」

「来るのか?!もちろん、いいぞ」

 都築は俺が都築んちに行くことをすごく喜ぶ。俺んちなんてお前んちみたいに寛いでるくせにどこが違うのかいまいち判らないけど、だけど、そんな都築が気持ち悪くてできるだけあの高級マンションには近付かないようにしていたんだけど…なんか一抹の不安に駆られたんだ。

□ ■ □ ■ □

 高級感満載の煌びやかなマンションを見上げていると、自分の存在が相変わらず浮いてんなぁと思いながらエントランスを潜り抜けてエレベーターに向かった。途中で、何があっても逃がすなと言われているコンシェルジュたちが、素直にエレベーターに乗る俺を見て、みな一様にホッとしているみたいだ。都築がお世話をかけてすみません。
 自分のせいではないはずなんだけど、なんだか申し訳なくてしかたない。
 このマンションは通常のセキュリティと違っていて、エレベーターの横にガードマンが居て、その人が全員の顔を覚えているもんだから、顔パスでエレベーターに乗れる人と乗れない人がいる。乗れない人はどうするかと言うと、なんとホテルみたいに受付に行ってから部屋番号と自分の氏名を名乗って呼び出してもらわないといけないシステムだそうだ。
 顔パスは住民だけで、お客さんはみんな受付へ行けってことらしい。
 信じられるか?ピンポーン、はい?ガチャリ…じゃないんだぞ。
 ピンポンすらない俺んちでは考えられないシステムだ。
 ホテルか会社みたいに電話で呼び出しがあって、約束の相手なら会うし、約束していない相手なら会えないとかって感じなんじゃないかな。いきなりの凸はお断り仕様だ。
 俺の場合は都築が俺の後頭部を押さえつけて青褪めるコンシェルジュとガードマンにくれぐれもと念を押したし、興梠さんにコピーさせた写真を全員に配布すると言う徹底ぶりだったから、誰も同情と遠い眼差し以外は引き止める人なんかいない。それどころか、今みたいに素直にエレベーターに乗り込めば心の奥底から喜ばれる。だいたい、都築のメールや電話にイラッとして引き返そうとするからなんだけど…
 都築はこんな感じでいいんだろうかと、何時も最上階の都築んちに軽い抵抗を受けながらスムーズに稼動するエレベーターで向かう度に、もっと真っ当な道を歩まないと、人間的にも都築グループ的にも拙いんじゃないかと思うんだけど、当の本人が何も気にしていないのでいいんだろうけどとちょっと理不尽な気持ちになってしまう。
 あの時投げつけられたまま俺が何も言わずに可愛らしい月と星のキーホルダーの付いた合鍵を使うのを、都築も黙っているけど、アイツの場合はちょっとご機嫌で黙っているところがある。何か言ったら、きっと俺が返してくると踏んでいるんだろう。
 まあ、何か言ってきたら返そうとは思っているから、最近、都築に俺の生態を把握されているんじゃないかと不安になる。
 特殊なシステムだから非常階段からもエレベーターからも不審者の侵入が、恐らく世界一困難なマンションなので、鍵は特殊な暗証番号だとか指紋認証とかは必要ない、普通のディンプルキーだ。あ、鍵自体は複製し難いディンプルキーだけど、それだって複製されても行き着けなかったら意味がないんだよな。
 鍵を開けて室内に入ると、広い玄関の右手がプライベートエリア、左手がパブリックエリアになっていて、正面にお客さん用の客室に行ける扉がある。俺が「お邪魔します」と声をかけて靴を脱いでいると、リビングから都築がムスッとした顔付きで顔を覗かせて、ご機嫌の不機嫌面とは違うから俺は首を傾げてしまった。

「どうしたんだ?」

「お前、お邪魔しますって言うよな?こう言う場合は、ただいまだろーが」

「…」

 なんだ、そりゃ。

「俺んちじゃねえもん。お邪魔しますで正解だろ」

「ブッブー、不正解です。はい、やり直し」

 脱ぎかけていた靴を履き直して遣り直せと言うことらしくて、このまま靴を履き直して帰ることこそが正解のような気がしてきた。

「…ただいま」

 それでもこのマンションは都築邸なので都築が王様らしく、一応お呼ばれしている俺は素直に靴を履き直して指示に従ってやった。
 だいたい、何時も玄関で小芝居が入るよな。
 変だよな、都築邸って。

「よし、お帰り!大学から直行したんだろ?偉い偉い」

 途端に上機嫌になった都築は呆れ果てながら靴を脱ぐ俺をひょいっと抱き上げて、片手でポンポンッと脱がせた靴を放ると、起き抜けの猫よりもぐったりしている俺を肩に担いで寝室に向かう。
 俺の意思はあからさまに無視らしい。
 ちょっとリビングで一息吐かせてもらおうとか、ジュースやお茶を出せとは言わないから、せめて水ぐらい飲ませてくれたら嬉しいんだけど、俺が来る=都築がやりたいことをするがデフォなのでもう何も言わない。

「お前が珍しくオレの部屋に興味を示したから、模様替えした寝室を最初に見せてやる」

 俺は別にお前の寝室に興味を示したワケじゃない。お前んちがどうなっているのか見たかっただけだ…けど、この場合は寝室を見るで正しいのかな。
 コイツ、家にいる時は殆ど寝室から出ないって興梠さんが困ってたからさ。

「お前、いつも寝室で何をやってるんだよ?興梠さんが引き篭りじゃないかって心配してたぞ」

「興梠、篠原に何を吹き込んでるんだ…別に、ただのネットだよ。株式を見たりイロイロだ。リビングより落ち着くし」

「あー、まあ広すぎるよね」

 都築の肩に揺られながら頷く俺は、興梠さんと2人でも此処は広すぎるよねと思ったりした。
 都築が主寝室のドアを開けて電気を点けると、室内は特別何処かが変わっている感じではなかった。ただ、大きなベッドの向こう、窓辺に机が配置されていて何台かのモニターとかパソコンが設置されているし、その手前に2人掛けぐらいの大きさのソファがある…ぐらいか?
 よかった、セフレを呼ばないとか言うから部屋中に俺の写真とかあったらどうしようかと思った。

「都築、もう降ろしてくれよ」

 いい加減、肩に担がれたままってのはおかしいだろ。
 小さな舌打ちが聞こえたけど、敢えて聞かなかったふりをして、渋々オレを降ろす都築を無視した俺は相変わらずベッドをこんもりさせているダッチワイフに嫌気がさしていたら、その横に見慣れないものを見つけて眉を寄せた。

「なんだこれ?」

「ヲタが偉そうに勿体振るからオレも作ってみた。抱き枕カバーと言うんだそうだ。写真があれば大丈夫だったけど、お前の場合は山ほどあるから選ぶのが大変だった」

 大変だったじゃねえ。駄目だろ、これは。

「ダッチワイフから写真を撮ってねえだろ、これ。どうやって撮ったんだよ?!」

 ムッツリと不機嫌そうな都築に食って掛かったのは、抱き枕のカバーが俺になっていたからだ。それも表に向いている方は何時ものスウェット姿で眠りこけているけど、裏面もあって、そっちは全裸の俺が眠りこけている。
 よく見ると部屋の片隅にはそんな抱き枕が幾つかあって、お洒落な感じに配置されているけど全部俺の顔だとかバストアップの画像がプリントされたクッションがあった。
 前に来た時はなかったソファも、どうも都築がパソコンに向かっている時は、ダッチワイフの俺がこのソファに座らされているようだ。
 なんか、思い切り気持ち悪い部屋になっているような気がする…

「加工だ!…そう、お前が風呂に入っている画像と眠っている画像をコラしたんだ。うん、いい出来だろ?」

 締め上げていた都築の胸もとから手を離した俺が唖然として見渡した部屋は、壁一面の写真よりもさり気なく気持ち悪い仕様に変更されていた。そんな気持ち悪さに呆気に取られている俺に、都築はベッドの上の抱き枕について嘘くさい説明をしている。

「パソコン…パソコンの中を見てもいいか?」

「いいぞ」

 抱き枕から意識が逸れると思ったのか、都築はすぐに電源を入れてパソコンを起動した。起動した画面を見て、その場にガクーッと跪きそうになってしまった。
 まず壁紙が笑顔全開の盗撮された俺の写真だし、気になってスクリーンセーバーを確認すれば学ラン着用で照れくさそうに笑っている俺の動画…あの時送ったヤツか。
 デスクトップには幾つかフォルダがあって、起業に必要なものや大学用と思しきもの、その他雑多なものと、あからさまに怪しい『KS』のフォルダ…俺のだろこれ。
 そう思って開こうとするとパスワードを聞かれる。

「…都築、これのパスは?」

「……全部見ていいワケじゃない。パスが掛かっているのは見たらダメだ」

 少し動揺したような顔で不機嫌そうに言う都築を、冷ややかに見返した俺は無言のまま前に向き直る。自分が全開で笑っている顔とご対面はかなりHPを削られるな。

「……」

 カタカタとまずは思いつく数字を打ち込んでみる。俺の誕生日だ。
 これは開かないか。
 ああ、もしかしたら俺と都築が初めて会話したあの入学式の2日後の日付はどうかな。都築はそう言う記念日的なモノを大事にしてるからな…ダメか。前に都築が聞いてもいないのに教えてくれた誕生日…適当に俺の誕生日と都築の誕生日と入学式の2日後の日付を入れてみたら、すげえ開いた!

「なんで開けるんだよ?!」

 都築もビックリだ。

「お前、頭いいけど単純だな。こう言う時はアナグラム的にさ、数字を並べ替えるとかしたらいいんだよ」

 あ、余計なこと言っちゃったかな。
 でも、都築のヤツは開いたことに動揺しているみたいで、俺の台詞なんか一向に聞いちゃいねえみたいだ。だったら、よし。
 開いたフォルダを見てそれでも俺はちょっとホッとした。
 都築が隠したがるから何か見てはいけないモノが隠されているんだろうと思ったけど、中にはただ膨大な量の俺の画像と動画があるぐらいだ。いや、もちろん、この量の画像も動画も気持ち悪いけど、見た感じ、肌色っぽいのはないので一安心だ。

「ん?なんだ、この記号みたいな文字のフォルダは」

「あ、それは開くな!」

 都築が思わずと言った感じで電源を強制的に落としやがったから、俺はそのフォルダを見ることができなかった。
 怪しいぞ。
 非常に怪しいぞ。
 確かharjoitellaって書いてたよな。
 少し青褪めて唇を引き結んでいる都築を疑いの眼差しで見上げていた俺は、それから徐に立ち上がって都築をビクつかせてから、都築の肩から降ろされたところに放置していたデイパックのところまで行くと持ち上げた。
 スマホを取り出して翻訳アプリを起動する。

「えーっと、H、A、R、J、O、I…」

「ハリオイデッラ、harjoitellaだ。日本語で練習って意味のフィンランド語だ」

 俺の行動の意味を知ったようで、都築は諦めたように答えを呟いた。

「練習?…俺はお前と何か練習してたんだっけ?」

「…」

「パソコンのハリオイデッラのフォルダを見せてくれるよね?」

 俺がスマホを持ったままでニッコリ笑うと、都築は息を呑んだようにそんな俺をジックリと見据えていたけど、やっぱり諦めたように溜め息を吐いたみたいだった。

□ ■ □ ■ □

「都築、前から変態だ変態だって思ってたけど、本当にどうかしてるな!」

 傍らでしゃがみ込んだまま両手で顔を隠している都築を、椅子に座ったままで胡乱に見下ろした俺は呆れを通り越して溜め息すら出ない。
 都築は確かに練習していた。眠っている俺を相手に。
 前に寝ぼけた俺にフェラさせた時に閃いたらしく、都築は俺に睡眠学習をさせているのを赤裸々に一部始終録画してパソコンに保存していたんだ。
 内容は大半がエロいことではあるけど、目を背けたくなるほど酷いものじゃないのが却ってリアルで、都築が俺に何をさせたいのかいまいち判らない。
 夜中にすやすやと眠っている俺を半覚醒状態で起こし、ひとつずつ指示を出してキスさせたり抱きつかせたり甘えさせたり…たまに乳首を抓んだりチンコを擦ったりしているんだ。

「…都築って俺のこと好きなのか?」

 そうじゃないとこんなことさせる理由が判らない。
 首に両腕を回して抱きつかせると、俺が都築の頬にすりすりと頬擦りしたりしている気持ち悪い動画や、都築の無精ヒゲが痛いとむずかるのをあやすように抱きかかえると、俺の頬にキスを落とす動画などなど。
 都築じゃなくて俺のほうが真っ赤になって顔を覆いたい。

「別に好きじゃない、タイプでもない」

 顔を覆ったままの真っ赤な首筋を見下ろす俺の耳には、相変わらずの都築節がくぐもった声音で届いてくる。

「じゃあ、どうしてこんな動画撮ってるんだ?なんの練習なんだよ」

 一見すれば、まるで付き合い始めたばかりの恋人が、2人きりで甘い時間を過ごしているような設定のなんかアレな動画なんだよな。エロビデオとかのストーリーものの最初に流れそうないちゃラブシーンみたいだ。気持ち悪い。

「…お前が28歳になったら幸せな結婚をするとか言うから、その希望を叶えてやるために睡眠学習をさせているんだ」

 見られて恥ずかしいと思っているくせに、饒舌に言い訳を口にするところを見ると、どうやら随分と前から見つかった時の講釈は考えていたみたいだな。

「お前は本当に初心な処女だから、人肌に慣れる練習をしていたんだ」

「…そっか。俺が28歳でラブラブな結婚をしたいとか未来予想図を言ったのが悪いのか。だったら都築が眠っている俺を半覚醒状態にして気持ち悪い動画を撮ってても仕方ないんだよな。今後絶対にソフレを解消する」

「巫山戯んな。善意の練習だ。ソフレはやめない」

「じゃあ、もう二度と睡眠学習とかするな」

 …と言っても、眠っている俺が今後何をされるかなんて判りっこない。
 だから、俺は半ば諦めの境地で首を左右に振った。

「何かさせたいなら、どうせ眠ってるんだから何をされても気付かないからもういいけど、でもエロいことは絶対にするなよ。この間のフェラみたいなのは勘弁して欲しい。暫く食欲がなかったんだからな!」

「…判った。善処する」

 善処するって何だ、善処するって。そこは判りました、絶対にしませんが正しいだろ。
 だいたいこの動画の数はなんだよ、ほぼ毎晩、俺を弄り倒してキスしたり甘えさせたりしているんじゃねえか。

「都築、こんな動画撮って何か面白いのか?」

 俺が頬杖を付いて見つめる先、モニターの中で胸を揉んだり乳首を抓まれたりして頬を染めて嫌がる俺を、都築がうっとりしたように目尻を染めながらじっくり観察して、それから気分が昂じたのか口を塞ぐようにしてキスする動画が流れていて頭を抱えたくなった。

「…別に面白くてやってるんじゃない。お前に人肌を慣れさせるためにやってるだけだ」

 体育座りでプイッと不貞腐れて外方向く都築が本気でそんなことを考えているんだろうかと首を捻りたくもなるけど、こんなことで本当に人肌に慣れるもんなんだろうか。

「こんなことしててもただ都築に慣れるだけで、女の子に慣れるとは思えないんだけどなぁ」

 ソフレしてて都築の匂いに慣れ始めてからは、コイツが傍にいても嫌な気もしないし、肩に抱え上げられても最初の頃みたいな違和感もなくなったから、睡眠学習なんかされても都築の存在にますます慣れるだけで、女の子には相変わらず軽いコミュ障のまんまだと思うんだけどね。

「ふうん。でもまあ、それもいいと思うけど…」

「は?」

「なんでもない。もうお前にもバレたし、これからは堂々と睡眠学習をするからな」

 開き直った都築のヤツは、いや少しは遠慮しろよと俺が慌てるのを無視して、いくつかの動画をピックアップして俺に観せようとする。
 もう、動画はお腹いっぱいですと言っているのに、隠すものがなくなると大胆になるのが都築で、俺からマウスを引っ手繰って嬉々として観たくもない動画を山ほど観せてくれた。
 俺の身体中を隈なく撫で擦る都築の両手に、ぴくんっと身体を震わせながら反応する俺を舐めるようにカメラが移動しているのを見ながら、都築に触られても最近、全く嫌じゃなくなったのはこの睡眠学習のせいじゃねえだろうなぁと胡乱な目付きになっていた俺は、それから唐突にハッとした。
 この動画、何かおかしい。
 俺は動画から自分の両手に目線を落として、それで何かをサワサワ触る素振りをしてみた。そんな俺をマウスをクリックして動画を早送りしたり消したりしている都築が訝しそうに怪訝な目付きで見下ろしてくる。

「…ああ!これ1人で撮ってないだろ?!!深夜の俺んちにいったい誰を入れてるんだ。興梠さんか?!」

 興梠さんだろうなぁ、こんな変態都築に協力するのなんか。

「……」

「なんで答えないんだよ?答えられないことやってんのかよ」

 都築がそそくさとマウスで動画を消してOSをシャットダウンさせると、素知らぬ顔の胡散臭さに苛ついてその胸もとをグッと掴んで睨み据えた。そうされると、流石に都築もしらを切りとおせないと判断したのか、観念したように白状した。

「…属だ」

「属さんと高校のときはブイブイしてたって言うけど、こう言うあくどいことする時は何時も属さんだな」

 お前たち仲良しだな。
 もう絶対に属さんを食事に招待なんかしてやらない。

「それから、暫くお前、俺んちの入室禁止な」

「は?!嫌だッ」

「嫌だじゃない!家主に断りもなく他人を入れて、家主を裸に剥いて動画を撮るような危険極まりない要注意人物なんだぞ。俺の心の衝撃が去るまでは立ち入り禁止だッッ」

 本当に属さんなのか確認するために、もう一度都築を押し退けてパソコンを起動すると、俺の笑顔の壁紙にHPを削られながら動画を再生した。
 何時から属さんを入れているのか気になったし…それに、色々とありすぎて俺の脳が軽くブルーバックしかかっていたせいで、ファイルの日付を確認するのを忘れていた。
 一番古いファイルは…これフェラ事件前じゃねえか!
 コイツ、こんな前から俺の寝込みを襲っていたのか。

『寝惚けてら…可愛いなぁ。そうだ、坊ちゃんに報告しよっと』

 一番最初の動画は先生事件後のフェラ事件前で、その動画に入っている声はどう聞いても都築じゃない。属さんだ。
 属さんは眠っている俺の唇を撫でると、モグモグと何かを食べているように口を動かしている俺を撮っているみたいだ。
 頭を抱えたくなったけど、無作為に選んだ次の動画を観ようとしたら、慌てたような都築に止められてしまう。

「それはダメだ。面白くない」

「…よし、観る」

 都築が止めるなら観るしかないだろう。
 マウスで再生をクリックすると、都築はまた両手で顔を覆ってその場に蹲ってしまった。

『坊ちゃん、カメラ固定した方がいいですか?』

 属さんの声がわりとクリアに聞こえるから、これだけ普通に喋っても起きないとか、俺、なんかの病気なんだろうか。

『いや、オレが撮るから属がやれ』

『はいはーい。喜んで』

 動画は声だけでまだ真っ黒い画面が出ているだけだったけど、ちょっと陽気な属さんの声がして、カメラなのかスマホなのか、ちょっと判らないけど画面がガチャガチャと揺れたら、何故か全裸の俺が自分のベッドで横たわっている姿が映し出された。
 今までが服を着ていた状態だったから安心していたけど、全裸もあったのか…ガクーッと床に両手を付いて蹲りたいのはこっちなのに、都築は若干青褪めて目線を泳がせている。

『こんな感じでどうッスか?ザ・寝取られって感じでよくないッスか』

 俺の横に下半身裸の半裸で横たわった男前の属さんが、ひとの悪い笑みを浮かべて俺の片足を抱え上げると、既にオッキしている逸物を尻から前方に擦り出しながらカメラのこちら側にいる都築に言っている。

『挿れるなよ。処女じゃなくても経験は1人で止めておきたい』

『了解でーッス!でも、先っちょぐらい挿れないと臨場感がないッスよ』

 そう言って属さんは、どうやらローションでも使っているのか、少し滑る先端をわざとらしくグニッと俺の尻の穴に擦り付けたんだ。画面が少し揺れて都築が何か言おうとした時だった。

『や…いや、やめて、くれ……』

 最初、これが例のダッチワイフならいいのにと儚い希望を持っていたけど、瞼を閉じたままで尻穴の危機を察して身体を捩る俺の額には汗が浮いていて、これが生身の人間、つまり俺自身だと如実に物語っていて腹の底が冷えた。

『拒絶されると犯してるみたいでヤりたくなりますね。ちょっとだけ突っ込んじゃダメっすかね?もう、処女じゃないんでしょ』

 唇の端をペロリと舐めながら、属さんが不穏な笑みを浮かべて俺の顎に手を当ててグイッと顔を上向かせると頬に口付けて、尻に逸物の先端をこれ見よがしに擦り付けて逡巡している都築を煽っている。どちらかと言うと、都築はお坊ちゃまだけど、属さんはワルイ男って感じだな。

『坊ちゃんを蔑ろにして男とホテルに行くなんてワルイ子はお仕置きしちゃいましょうよ』

 さらに唆す属さんに都築は考えているようだったが、それでもやっぱり、何か気に食わなかったのか、都築は属さんを止めたみたいだった。

『もういい。今日はここまでだ』

『ええ~、これからじゃないッスか!…はいはい、そんな睨まなくても止めますって』

 属さんは残念そうに肩を竦めて俺の足を下ろした。どうやら都築には忠実なようで、それ以上の悪戯はしないまま、画面が黒くなって動画が止まった。
 ファイルの日付を見ると、都築が先生とイチャラブしていて、ムカついた俺が柏木とホテルに行った2日後の深夜の日時になっている。
 属、あの野郎…

「都築、すぐに属さんを呼べ」

「…悪かった。あの日はどうかしていたんだ。柏木に寝取られとか言われて頭に血が昇って、属と話したらお仕置き動画を撮ろうってことになって」

「お前の言い訳はいい、属を呼べ」

 都築はその時になって漸く、俺が心底腹を立てていると言うことに気付いたようで、ちょっと青褪めながら息を呑んで、それからスマホを持って連絡したみたいだった。

「5分で来る」

「…」

 怒りのオーラを漂わせた俺を巨大な図体をしているくせに、都築は恐れているような態度で見下ろしてくる。
 都築がアワアワしている時に合鍵で入ってきた警護の属さんは、相変わらずな若干チャラ男っぽい男前のツラをして、スーツでバッチリ決めて姿を現した。

「あ、篠原様だ!相変わらず、すげえ可愛いッスね」

 長身の男前は嬉しそうに顔を綻ばせたものの、都築の青褪めた相貌と、俺の胡乱な目付きで逸早く何事かを察したようにすぐにグッと言葉を飲み込んだみたいだった。

「都築、属、そこに座れ」

 ゆらりと座り心地のいいハーマンミラーの椅子から立ち上がった俺の背後に立ち昇る陽炎のような殺気を感じ取ったのか、都築と属さんは何も言わずに大人しく床に正座をした。
 都築が目線でバレたと伝えているらしく、属さんは思い当たることが山ほどあるのか顔を顰めて肩を竦めたみたいだ。

「属さん。その節は護衛の任務を有難うございました」

「…いえ」

 慇懃無礼な俺の態度に短く答える属さんは、以前のような親しみ易さが失せていることに気付いたみたいで、残念そうに眉を顰めている。その傍らにしゃがみ込んで、ギョッとする属さんの肩に気安げに腕を置いて、こんな時なのに地味に嫉妬する都築を無視して俺はニッコリと笑った。

「属さんは当時、姫乃さんの言い付けで俺を護ってくれてたんですよね?」

「…そのとおりです」

「ですよね。でも、おかしいなぁ。属さんが護ってくれていたのに、俺が知らない間に、深夜に都築が家に入り込んでいたんですよ」

「…」

「これって由々しき事態ですよね?しかも俺、都築に裸に剥かれちゃってたんです」

「それはその…」

「で、なぜか裸の俺の横に属さんが寝てるんですよね、フリチンで。非常に拙い事態じゃないでしょうか」

「はい、とても」

「ですよね…さて!」

 ニッコリ笑って頷くと、俺は勢いを付けて立ち上がった。
 あまりの怒りに少し立ち眩みを起こしそうになったけど、頑張れ俺。

「何時もはなんとなく許してる俺だけど、今回は絶対に許しません。事実確認もできたので、この件は姫乃さんにも報告しておきます。それから都築、お前はさっき言ったように暫く俺んちの立ち入り禁止だ。属さんは未だに俺の護衛を姫乃さんが依頼しているらしいので即刻中止してもらいます」

「嫌だッ」

「嫌ですッ」

 俺の言葉が終わるやいなや、まるで申し合わせたように2人が同時に声を上げた。

「嫌だじゃないッ!!」

 激しい怒声に、今回ばかりは俺の怒りが凄まじいことを知ったのか、都築と属さんは青褪めたままグッと言葉を飲み込んだみたいだ。
 だいたいこれだけのことをしておいて嫌だってのはなんだ、一体何歳だお前ら。
 一歩間違えたら犯罪なんだぞ。

「お前たちはひとの良心を逆手に取って、自分勝手に好き放題しやがったんだぞ!誰がニコニコ笑って許してくれると思ってるんだッ。こんなこと、本当は絶対に許されるべきじゃないんだぞッ。特に属さん、あなたは信頼を寄せる人間を護るべきお仕事じゃないんですか?!」

「…」

「その人間の寝込みを襲うなんて…姫乃さんの良心に謝ってください。俺はあなたを見損ないました。軽蔑しますッ」

 都築に似た男前のくせに、正座したままでちょっと情けないぐらい眉を八の字にして縋るように俺を見上げていた属さんは、それから観念したように項垂れてしまったようだ。

「都築も御曹司だからって誰にでも言うことを聞かせられると思うな。俺はお前も軽蔑しているんだッ」

 同じく項垂れる大男2人を見下ろして怒鳴り散らしたせいで酸欠状態になってハアハアと肩で息をしていた俺は、それからフンッと鼻を鳴らして、それ以上は2人の姿も見ていたくなくて都築が「おい」と止めるのも聞かずにそのままデイパックを持ち上げると都築んちから飛び出した。
 コイツ等は少し反省をするべきなんだ!

□ ■ □ ■ □

●事例13:スマホやパソコンのなかみ・寝室などがいろいろ酷い(属、お前もか)
 回答:お前が28歳になったら幸せな結婚をするとか言うから、その希望を叶えてやるために睡眠学習をさせているんだ。お前は本当に初心の処女だから、人肌に慣れる訓練をしていたんだ。
 結果と対策:そっか。俺が28歳でラブラブな結婚をしたいとか未来予想図を言ったのが悪いのか。だったら都築が眠っている俺を半覚醒状態にして気持ち悪い動画を撮ってても仕方ないんだよな。今後絶対にソフレを解消する。

12.隣に座っていると腿の下に手を入れてくる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「え?すむーじー??なんだ、それ」

 珍しく前の日から自分んちのマンションに帰る(それが当たり前なんだが)と言って早々に帰宅したと思ったら、朝早く我が家に押し掛けてきた都築のヤツが、差し出されたスッキリとした黒のマグボトルを見つめながら首を傾げる俺を、眠そうなくせにバカにしたような上から目線で見下ろしてきた。

「何だお前、スムージーも知らないのか?凍らせた果物とか野菜を牛乳と一緒にミキサーするんだよ。シャーベット状の飲み物だ」

「へえ、これ苺か?美味しそうだな」

 押し付けられたマグボトルを受け取って中身を確認すると、ふわんっと苺とミルクの甘い匂いが鼻先を擽った。

「ああ、セフレに飲ませたら好評だった」

 ボスンッと俺んちの安物のベッドに思い切りダイブして派手に軋ませた都築が、眠そうに欠伸をしながら俺の枕を引き寄せてウトウトしているように呟くから、俺はなんだ、セフレが喜んだから俺の反応も見てやろうってワケかと呆れてしまう。
 ともかく、俺んちのベッドはいつか大破するに違いない。

「ふーん。これって都築が作ったのか?」

「ああ、今朝初めて作った」

 …ん?セフレに好評だったってことは、最初にセフレに作ってやったんだよな?
 こいつ、たまにワケの判らないこと言うけど、やっぱりワケが判らないな。

「…?セフレに飲ませたんだろ??」

「そうだが?まずは興梠に作らせてみたんだよ。それでセフレに試飲させたら旨いって言うから、オレが作ってお前に飲ませることにしたんだ」

 首を傾げる俺に都築のヤツは眠そうな目付きのままでジッと俺を見据えたままで言い返すと、早く飲んでみろとせっつくから、余程の自信作なんだろうと、初めて飲食物を作ったと言う都築の手料理(?)に恐る恐る口を付けてみた。

「ふーん?なんかよく判らないけど、まあいいや。おお、これ旨いな。ヨーグルトを入れたのか?」

 一口飲んで、苺の酸味とヨーグルトの酸味が微妙にマッチした味は、俗に言ういちごミルクそのもので、ハッキリ言って美味しい。
 何でもかんでも突っ込んでミキサーすれば旨いとか言うレベルだろうと思っていたけど、これはちゃんと計量とかして、絶妙な味のバランスをちゃんと取っている代物だ。

「ああ、つくレポでヨーグルトを入れたら旨いって書いてあったから真似してみた」

 なるほど、アレだけスマホを弄り倒してるから、スムージーに関しても検索してちゃんと作ってくれたんだな。

「へえ、これ旨いな。今度、俺も作ってみようかな」

「ダメだ」

 軽い気持ちで言ったのに、都築のヤツから速攻でダメ出しを食らってしまった。

「へ?なんでだよ??」

「お前は野菜を喰えってオレには言うくせに、自分はあんまり果物を摂らないだろ。日頃、飯を作ってくれるからこれぐらいはオレが毎日作る」

 フフンと眠い目を擦って言うから、まあ、どこまで続くか判らないけどその志は高く評価することにした。

「ふうん、そっか。有難う。じゃあ、これからよろしく」

「ああ」

 都築はそれだけ言うと満足したのか、うとうとして、それからそのまま眠ってしまったみたいだった。
 これはアレかな、この間の飲み会の時に、久し振りに酔っ払ったりしたから都築なりに心配しての配慮なのかな。

□ ■ □ ■ □

 この前の土曜日に菅野久美と書いてカンノヒサヨシと読む、都築が不愉快になったギャルキャピメールを送ってくる張本人が主催した呑みサーに、俺が参加すれば漏れなく都築がついてくるからってんで、女の子目当ての強引な勧誘にイヤイヤ参加した飲み会は散々だった。
 何が散々って、まず会費。
 ひとり5000円ですなんて店の前で言われて、明日がバイトの給料日だったから財布には1500円ぐらいしかなくて、これはダメだ、よし今回は(ニコヤカに)残念ながら辞退しようって菅野に言おうとしたのに、いきなり都築が背後から肩なんか抱きやがって、「2人だから1万ね」なんてあっさり支払いやがったのだ。

「なんだよ、久し振りに外で食って楽しろよ」

 何時も作ってんだしさ、と都築らしからぬ優しさに胡散臭さを感じたものの、まあそれならいいかと礼を言った。ここまではいい。
 何時もなら全額都築持ちになるのにと、それを目当ての野郎とか、会費1500円をケチる女の子とかがチラチラとこっちを伺うのを、都築は片っ端から無視していた。

「…お前、いつも気前よく奢るのに。今日はどうしたんだよ?」

 俺の肩を抱いたままで欠伸をしていた都築は、首を傾げる俺をジロジロと相変わらずの視姦でもやりかねない生真面目さで見下ろしてきながら、それからフンッと鼻を鳴らしたみたいだ。

「そう言うのはやめたんだよ」

「ふうん、まあ無駄遣いしないことはいいことだけどさ」

 俺が感心して頷くと、都築のヤツはまるでガキのようにフフンと威張る。

「もっと褒めてもいいんだぞ」

「はあ?何いってんだ。でも、それだと俺に奢ってくれたのはどうしてだ?そう言うのはやめたんじゃないのか?」

「はあ?どうしてお前に奢るんだ??」

 都築は不機嫌そうなデフォの仏頂面で首を傾げやがるから、お前は軽い認知症なのかと不安になった。

「は?さっき払ってくれただろ」

 確かに2人だから1万と言って万札を菅野に押し付けていただろ…あれ?押し付けていた幻でも見たんだろうか、俺。
 最近、俺の中の常識が悉く都築に破壊されてるから、正直自信がない。

「あれは奢りじゃないだろ?自分の嫁の分ぐらいオレが…むぐぐ」

「おま、お前、こんなところで何を言ってんだよ。はは、冗談だよ、冗談ッ」

 日頃の都築の常識を開放したべったりでなんとなく周囲の目付きが「ああ、やっぱり…」と言ってそうな気がして、俺は慌てて納得していない顔の都築の口を塞ぐと誰にともなく誤魔化してみた。都築は不服そうだけど、いつ俺がお前の嫁になったんだよ。
 了承してない、断ったはずだ。
 …と言うか、もうハウスキーパーじゃなくて嫁ってハッキリ言うんだな。
 じゃあ何か、あの都築らしからぬ優しさは、日頃家事に勤しんでいる新妻を気遣ってのことだったのか…グハッ(吐血)。
 それが会費の支払い時の出来事だ。これだけで俺のHPはかなり削られたんだけど、話しはまだまだ盛り沢山だったよ、畜生。
 飲み会が始まってから、何時もなら俺の前を陣取るくせに、どうしたことかその日の都築は俺の横に座った。
 まあ、俺にべったりを隠さなくなった都築のその態度に誰も何も言わなかったけど、俺はちょっと気まずかった。
 だってさ、都築の左右はだいたいアイツのセフレが陣取るんだよ。
 だから、なんでお前がここにいるんだと言うようなセフレどもの目付きは嫌味だし、可哀想に…と同情する友人どもの憐れむ目付きは腹立たしいしで、気の休まる飲み会では全然なかった。

「一葉ぁ~、今日はこの後、どうするの?」

「アタシ、カラオケ行きたいッ」

「ええ~、六本木に新しいバーができたの!一緒にいこ??」

 前の席に座ってくれてる時は一切気にならなかったセフレたちの声が、ビシビシと突き刺さってきて、声音は穏やかだけど俺を見る目付きがきつい。都築、前の席に移ればいいのに…

「はあ~?今夜はこのまま帰る。カラオケもバーもまた今度」

「ええ~!」

「ボクと飲みに行くんだよね」

 都築の今夜の予定はヲタ連中とモン狩りをしながら、俺の勉強を見てくれるという離れ技をやらかすことだ。深夜にならないと集まれない社会人やヒマな学生の入り乱れるグループで、鬼ほどもでかいモンスターを、御曹司の都築らしい煌びやかな衣装とバカでかい大剣で斬りまくりながら、都築の背中を背凭れにした俺が問題を読んでから尋ねる質問に的確な答えをくれる。それも答えだけじゃなくて、どうしてそうなるのかの解釈付きなんだぞ。
 さすが都築、変態だけど頭の良さは尋常じゃない。
 きっと、コイツ天才なんだろうなと思う。だから、ちょっとどこかおかしい変態なんだ。
 俺が横でそんなことを考えているなんて露とも思っていない西園寺雪也、雪也と書くとユキヤだと読めるよね。でも違う、コイツの場合は由緒正しい旧家のお祖父様が付けただけあって、ユキナリと読むんだそうだ。でも、本人は嫌がっているらしく、友人知人、セフレにはユキと呼ばせているんだとか。その西園寺がうっとりするほど綺麗な顔でクスクス笑いながら、何時の間にか割り込んだ都築の横にちゃっかり座って腕を抱き締めている。

「…ユキ。お前がこんな飲み会に来るなんて珍しいな」

「一葉が相手してくれないからでしょ!ボクだって来たくなかったよッ」

 ふーん、そう言えば最近、都築のヤツは起業に向けて忙しくしてたから、セフレの相手が疎かになってんのかな…あれ?よく思い出してみたら、最近、都築は俺んちに入り浸っているよな。大学からも真っ直ぐに俺んちに来てるみたいだし…セフレは大丈夫なのか。

「よう!篠原、呑んでるか?なんだこれ、ジンジャーエールなんか呑んでんのかよ?!ほら、呑め呑め。すみませーん、こっちに焼酎お湯割りで!」

 折角、隣りに聞き耳を立ててたってのに、フラフラしている先輩の1人が俺のジュースに気付いてゲラゲラ笑うと、勝手に焼酎なんかを注文しやがった。
 俺、酒弱いのに!

「へえ!ここカクテルが充実してるのか。あ、こっちもボッチボールを」

 あわあわしている俺なんか無視の忙しなく立ち回る店員さんが「はーい」と返事をすると、カクテルを注文した都築はすぐにユキとかセフレとかと楽しそうな談笑に戻った。
 ふーん、都築が言うようにカクテルの種類が多いんだな。
 都築の横になったせいであんまり話し掛けられないぼっちの俺は、ガックリしたまま仕方なくテーブルの料理を摘みながらメニューを開いていた。
 あ、このタンステーキ美味しい。
 トウモロコシのかき揚げもいける、生ハムとルッコラのピザもいい。

「カクテルなんて珍しいね。それともボクのため?」

 クスクスと笑うユキの美貌に…男なのに美貌に、すっかり面食らっている他の可愛い女の子のセフレたちがのまれたみたいで、何時の間にか都築の傍らにはユキが陣取っていてほぼ2人の世界が目眩く展開している。気持ち悪い。
 女の子と展開しろ、女の子と。
 とは言え、都築のことだ、俺以外にはサッパリした性格だからなのか、ユキだけでなく他の子とも和やかに話している。そのあたりは抜け目ないな、コイツ。

「ボク、そのカクテル飲んだことないなぁ」

「ふうん、じゃあお前も頼めよ」

 何時も最初に飲むハイボールを片手に生ハムとルッコラのピザを摘んで笑う都築に、ユキは可愛らしい小動物みたいな仕草で頬を膨らませて、カクテルの定番とも言えるカシオレを呷っている。
 注文逃げした先輩が頼んだ焼酎のお湯割りと都築の頼んだボッチボールが届いて、ユキは奪う気満々みたいだったけど、溜め息を吐く俺がお湯割りを持つのと都築がボッチボールを受け取るのは同時で、仕方なく口を付けたところで談笑している都築にお湯割りを奪われ、ギョッとしている間に空っぽになった手にボッチボールのカクテルを押し付けられた。
 その一連の動作を都築はこちらを見ることもなく談笑しながらさり気なくやってのけて、それを目にしていたセフレじゃない女子から密やかな感嘆の溜め息が聞こえてくる。
 どうやら、酒が呑めない子に対するスマートな対応に、キュンキュンしてるらしい。
 俺はと言えば、まあ、苦手な焼酎を引っ手繰って豪快に呑んでくれる都築には感謝してるし、有り難いとも思うから、聞いてないだろうけど小声で感謝して、それからボッチボールと言う初めて聞くカクテルに口を付けてみた。
 向こうでユキがギリギリ睨んでるのは無視してだ。

「うっわ、これすごい美味しい!なんだろ、柑橘系に甘さがあるのにしつこくなくてサッパリしてて爽やかだ。やみつきになる」

 ボッチボールはロングのタンブラーに氷とオレンジスカッシュが入っているような見た目なのに甘すぎずに口当たりが良くて、嬉しくなった俺がゴクゴク飲んでいると、都築が焼酎を呑みながら何やらクククッと笑ったみたいだけど、それを聞いたユキたちには何でもないと首を振っている。
 どうせ、俺のことをぼっちにしてるからボッチボールなんて巫山戯た名前のカクテルを寄越したんだろうと思ってたけど、酒の弱い俺にも飲みやすいカクテルだったから、疑ってごめんと傍らにいる都築に内心で謝った。

「なんだ、お前!カクテルなんて女々しいもの飲んでるなよ。よし、俺が頼んでやるッ。すみませーん、こっちにバーボンくださーい!…な!男らしく呑め呑め」

 楽しい飲み会でほろ酔いなんだろう百目木が、俺が「ちょ、待て、待てよ!」と慌てて止めているのも聞かずに、俺が幸せそうに飲み干したグラスを持ってブラブラどっかに行ってしまった。
 なんなんだ、この酔っぱらいどもは。

「すみません!ディタモーニを」

 百目木の注文を取っていた店員さんに都築が追加を要望すると、梅酒だのその他のカクテルや酒が次々に追加注文され、店員さんは遽しくハンディ端末に打ち込んでから立ち去った。
 暫くしてから多種類の酒を載せた盆を持った店員さんが、それでも危うげなく大声で「梅酒の方~」とか聞いて一人ずつ渡して回っていて、俺の手にも男前のバーボンが渡されてしまった。
 こう言うのは都築が似合うんだよ。何がバーボンだ、バカボンじゃないぞ。
 俺はチラッと都築を見たけど、ヤツはほぼ背中を向けた状態で無視を決め込んでるので、どうやら今回は助けてはくれないらしい。
 手渡されたディタモーニを一口呑んでから、セフレたちに講釈を垂れてるようだ。

「コイツにブルーキュラソーを少量垂らせばチャイナブルーだ」

 ふうん、口当たりがいいのかな。今度、頼んでみるかな。
 そんなことを考えながら本当はもう一杯、ボッチボールを注文したかったのになぁとチビチビ呑んでいたら、俺の横に来た丸山ってイケメンがニコヤカに笑いながら声を掛けてきた。

「お、すごいね~!バーボンとか大人じゃん。でも、呑めないんでしょ?」

「う、そんな判りやすいかな」

「判る判る。つーか、百目木に無理やり注文されてたよね。よかったらこのロングアイランド・アイスティーと交換してあげようか??」

 アイスティーは大好きだけど、そんな名前のカクテルもあるのか。
 見た目はまんまアイスティーだな。
 丸山の持っているロングアイランド・アイスティーは細長いグラスに氷と褐色の液体、それに輪切りのレモンとレッド・チェリーが乗っかってる。パッと見はアイスティーそのものだ。

「マジで?でも、もう呑んでるけど」

「いいいい、俺も呑みかけだもん。ちょうど良かった、この間のレポートの件でお願いがあるんだけど…」

 大抵の人間がこんな時にレポート一緒にしよーよと声を掛け合うから、同じゼミの丸山もそのつもりで声を掛けてきたんだろうと思って、俺が頷きながら酒を交換しようとした時、不意に背後から腕が伸びてきて、俺のバーボンと都築のディタモーニが交換されてしまった。
 おいおい。

「悪いな、コイツは酒に強くないんだ。そんな度数の強いの呑んだら酔い潰れちまう」

 ニコッと爽やか笑顔の都築に屈託なく言われてしまうと、丸山はうっと言葉を詰まらせて、そのまますごすごと引き下がってしまった。
 爽やかな笑顔の都築に敵うイケメンはそうそういないからなぁ。

「あのカクテル、アイスティーみたいなのにそんなに度数が強いのか?」

「アイスティーの見た目と風味を持ってて、レモンジュースとコーラで甘みを感じるから騙されやすいけど、ドライ・ジン、ウォッカ、ホワイト・ラム、テキーラなんて言う錚々たる組み合わせなんだぞ。確か25度ぐらいあったんじゃないかな。レディー・キラーとも言われてるんだぜ」

「うわ、マジか。都築のお陰で助かった」

「バーカ、だから言ったろ?お前みたいな処女はオレがいないとすぐに喰われるんだ」

 ふんっと鼻を鳴らしてから外方向いてセフレたちとの談笑に戻ったけど、俺はそんな都築の背中にちゃんと心を込めて礼を言った。

「有難う、都築。見直した」

 返事なんか期待していないし感謝の心さえ伝わればいいと思っていたら、都築の左手が俺の腿の下に潜り込んだから驚いた。
 普通、なんとなくいい雰囲気に…いや、男同士でどうかと思うけど、そんな雰囲気になったらお互いに他の人にはバレないように手と手を重ねるとか、ちょっと指先を握り合うとか、そっと身体を寄せ合うとかそんなロマンチックなことをするんじゃないのか?
 体重を支えるために背後に手をつくのは判る。判るけど、付いた手をさり気なく他人の腿の下に潜らせるのは…これ、堂々とした痴漢じゃないか?
 まあ、都築が痛くないんなら別に気にならないからいいけど…ホント、気持ちいいぐらい気持ち悪いことを思いつくよなぁ、都築って。
 さり気なく気遣える格好良さとイケメンなところが、色んな男女の気を惹きまくってるのは判るけど、どうして俺には素でこういう変態なことをしてくるんだろう。何故なのか。
 まあいいかと、都築の手を腿の下に感じたままでちょっと理不尽な気持ちになりながら俺がディタモーニに口をつけていると、呑みサー会場の個室に入る出入り口のところで、丸山がユキに何か言われて凹んでるみたいだった。
 なんだ、丸山って都築のセフレの知り合いだったのか。
 そんなどうでもいいことをどうでもいいように考えている間にも、先輩同輩入り乱れて、弱いってあれだけ言ってるのに次々注文されて、その酒を全部呑まされまくった都築はケロッとしてたのに、都築がくれたカクテルで強かに酔ってしまった俺はフラフラでその場にごろんしてしまった。
 そりゃ、酔うよね。弱いと言っても全く度数がないわけじゃないんだからさ。
 でも、さすがバイキングの末裔だけあって、都築は本当に酒に強い。あの初めて知り合った合コンでも、きっと薬なんか入れられてなかったらずっとケロリと呑み続けていたんだろう。俺も少しでもいいから酒に強くなって、何時か都築と酒を呑みながら夜通し語り明かしてみたいなぁ。下戸の両親から生まれた俺なんかじゃとても無理だろうけど。
 トホホ…と思った時には夢の世界だった。

□ ■ □ ■ □

 ゆらゆら揺れる感触にふと目が覚めて、それでも夜風の気持ちよさにうっとりしながら、自分が誰かの背中に張り付いているんだと気付いた。
 目の前で揺れる色素の薄い髪を見ていたら、その広い背中が誰のものであるかなんて確認しなくても判ったから、俺は夢見心地の酩酊感に機嫌よくクスクス笑った。

「都築さぁ、飲酒運転はダメ絶対!」

「目が覚めたのか?もうすぐアパートだぞ」

「アハハハ~、なんだ都築んちに連れ込まないのか」

 ぽやんっとした心地好さでそんなことを言ったら、不意に都築の背中がビクリと震えた。
 ん~?どうしたんだ??

「連れ込んでも良かったのか?」

「あったりまえだろー?だって都築、俺似のダッチワイフと添い寝なんてカワイソーだもん。今日はいっぱい助けてくれたから見直してるんだ。都築がヘンタイでもいーよ。俺がぎゅーして一緒に寝てやるよ」

 抱えている俺の両足を掴む両手にグッと力を入れて、都築は前を向いたままで「ふうん」と気のない返事をした。なんだ、俺からのお誘いには乗らないんだな。
 変態だ変態だと思っていたけど、やっぱりあれは何かのジョークで、実際のところは御曹司が俺を誂ってるだけなんだ。

「ふーんってなんだよ、ふーんって。いいよもう、一緒になんか寝てやんない」

「おい!」

 文句を言おうとする都築の前に回していた腕でぎゅーっと抱き着きながら、俺はふんっと鼻を鳴らしてやった。
 ふふん、外で抱き着かれるという辱めを受けさせてやる。もちろん、俺自身も辱められるという羞恥プレイの諸刃の剣だけれど。

「今ぎゅーしてやる。どーだ、恥ずかしいだろ?ははは」

「…バーカ、お前酒癖悪すぎ」

 都築が借りている…と言うか、たぶん急遽建てさせたに違いないセキュリティ付きのガレージにウアイラを駐めて、そこから数分の道のりをそんな風に陽気な酔っ払いを抱えた都築はちょっと嬉しそうに歩いている。
 俺が正気だったら…いや、だいたい飲み会の翌日は都築を正座させて、飲酒運転はダメ絶対!って言ってるよな?と、小一時間ほど説教を垂れるんだけど、神妙に聞いているくせに絶対にやめないから何時か事故らなきゃいいけどと思う。
 良い子のみんなは真似しちゃダメだぞ。
 どうせ毎日一緒に寝てるし、本当は都築が俺似のダッチワイフで遊ぶのなんか、起業に向けた準備なんかで俺んちのアパートに来られない時ぐらいで、今だってほぼ毎日来てるのに俺自身、酔っちゃってんだな。何を言ってるんだかって感じだ。

「んー、ふふふ。都築、…ル、大好き」

「…え?」

「都築はいいヤツだ。俺…全然ダメだから…都築と、むにゃ」

「おい!今、好きって言っただろ?!どう言うことだ、お前、オレのことが好きなのか?大好きなのか??」

「はえ…?あー、うんうん。別に俺、都築のこと嫌いじゃないよ。好きでもないけど」

「はあ?お前、今、オレのこと大好きって…」

「は…?ボッチボール大好きって言ったんだ。俺、全然ダメだから、都築と呑んでないともっと酔っ払ってたと思うって言ったんだよ?」

「…」

 都築のヤツは不意に不機嫌と不愉快を同居させたようなオーラを醸して、それから唐突に無言になってしまった。変なヤツ。

「なんだよ~。都築ってば俺に好かれたいのか?」

「別に。お前レベルなら寝てたって寄ってくる」

「ふうん。そーだろうなぁ、お前、格好いいもんな。さり気ない気遣いとかそうそうできるもんでもないし。俺、本当に見直したんだ。都築がセフレとか、性にだらしなくなかったら考えてもいいかって思うぐらい…」

「ハイハイ、どーせ友達ぐらいになってやろうってところだろ」

「ははは!それもあるけど、お前が誠実で俺を裏切らないのなら、俺はお前の嫁になってもいいかなぁと思うよ」

「…マジか」

「ま、お前じゃ無理だろうけど。まずセフレを切れないしね」

「まあな」

「だから、俺は友達で居てやるよ。何時か年を取って独りぼっちになったとき、俺が一緒にいてやるよ」

「ふうん。まあ、それでもいいんだろう」

 俺、バカだなぁ…どうして都築が二つ返事で嫁にするって言うと思ったんだ。そんな事言われたって、困っただけなのに。
 だから、この解答が正解なんだ。
 都築はやっぱり変態なんかじゃない、俺を誂うどうしようもないヤツだけど、優しさと寛容さを持った、人の上に立つべき人間なんだ。

「あ、そうだ。飲み会でお前、どうして俺の腿の下に手を入れたんだよ。寒かったのか?」

「は?いや別に。ただ、なんとなくやわらかそうだったから」

 男の腿がやわらかいわけないだろうが。

「そっか。俺の腿がやわらかそうだったのが悪いのか。だったら、都築が変態の痴漢みたいに手を挿し込んできても仕方ないよな。今後、徹底的にガードするって決めた」

「はあ?なんだそれ」

 都築を痴漢で逮捕させるワケにはいかないだろ。飲酒運転も悪いけど、痴漢もおかしい。
 都築ぐらいのイケメンで長身でお金持ちと言うハイスペックが、飲酒運転とか男に痴漢とか、世の中の女性からきっと激しく恨まれる。
 誰がって?
 そんなの決まってんだろ、痴漢を受けた被害者のはずの俺がだよ。

□ ■ □ ■ □

●事例12:隣に座っていると腿の下に手を入れてくる
 回答:なんとなくやわらかそうだったから。
 結果と対策:そっか。俺の腿がやわらかそうだったのが悪いのか。だったら、都築が変態の痴漢みたいに手を挿し込んできても仕方ないよな。今後、徹底的にガードするって決めた。

11.うたた寝していたらフェラさせられる  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「なんだよ、触ってほしいのか?」

「うー…ん?んー…いいよ」

 これは触らなくていいよって風にも聞こえるんだけど…でもそうは取らなかった都築は熱い掌を抱えている俺の服の裾から忍ばせ、眠気に弛緩している身体を確かめるように這い回らせたみたいだ。

「お前の肌、吸い付くみたいに気持ちいいな。キスしてもいいか?」

「んー、…んふふふ。いいよ」

 擽ったそうに身を捩りながら、その言葉の意味も理解していないんだろう寝惚けている俺は、都築が顎を掬うように上げながら少しカサついた唇で覆うように口唇を塞いでも、息苦しそうに眉を寄せるぐらいで嫌がっている素振りはない。

「…はぁ、いいな。もっとキスしたい」

 口内を思うさま蹂躙されたのか、唇の端からたらっと唾液が零れるのも厭わずにムグムグと閉じた口を動かす俺を見下ろして、都築は目尻をとろりと発情に艶づかせると、舌で濡れた自分の唇をベロッと舐めて、それからそのまま舌先で俺の口の端に零れる唾液を舐め取りながらもっと口を開けと唇に舌を這わせている。
 間断なく触れる肌触りを愉しんでいる指先が、何かの拍子にまだやわらかい乳首に触れたのか、スウェットをたくし上げられて肌を露わにした俺は頬をうっすら染めてぴくんっと身体を竦ませながらも微睡みに沈んだままだ。
 胡座を掻いた都築の膝の上に乗っけられて、ぐでんと力の抜けている俺は、都築の胸元に倒れ込むようにしていた。だけど、都築がそれだと見えないと判断したようで、くるりと体勢を変えられて、俺は都築に背中を預ける形で眠っている。
 くちゅ…ちゅ…っと静かな擬音を響かせてキスを続けながら、都築は思うより優しい手付きで俺の両胸で主張を始める乳首を器用に弄っている。ぷくんっと勃ち上がった乳首は他とは違って薄く色づいているけど、都築の指先に転がされる度に俺の身体がぴくんぴくんっと反応している。それが面白いのか、ヤツはことさら執拗に、念入りに、扱くような仕草で俺の乳首を弄んでいる。

「…はぁ、寝てても応えるんだな。舐めてもいいか?あと、ズボンも脱がすぞ?」

「う…ん、は…はぁ……いい、よ」

 息も絶え絶えと言った風情に色気を感じたのか、都築はまた俺の口許に吸い付いたみたいだったけど、宣言通り、俺のズボンを下着ごと引きずり下ろすと、簡単に力の入っていない俺の身体を持ち上げて、引き抜いたズボンとパンツをそのまま横に投げ出した。

「ちゃんと勃ってるな。気持ちいいんだろ?」

「う……んんー…わか、んな……ん…」

 くたりと都築に背中を預けたままで眠りこけている俺は、寝惚けたようにぽやぽやと言ってから、またそのまますーすーと寝息を立てている。
 その時はきっと、エロい夢を見ているに違いない。

「おい、篠原!…シコっていいか?乳首も舐めるぞ」

「え…あ……ん、…んー…いいよ」

 意味をなさない俺の答えに都築は嬉しそうに唇を舐め、それから俺の身体を抱えるようにして脇から顔を出すと、ふっつりと勃ち上がっている乳首に舌を這わせた。

「あ!…んん、や…きもち……わる」

 都築の肩を抱くような形で抱きかかえられている俺が、イヤイヤするように首を左右に振っても、もう都築が舐めるのをやめることはなかった。
 一度了解を取り付けたんだから、気が済むまで舐める気でいるんだろう。
 そんな風に俺がか細く拒否ってるのが鬱陶しかったのか、またしても宣言したとおりに俺の股間に指先を忍ばせて、まだ半勃ちの色素も陰毛も薄いチンコにイタズラを始めたみたいだった。

「んん…や、やだ…やめてくれ。あ、あ、あ…そこ、そこは……」

「ここは?なんだよ、どうして欲しいんだよ?」

 舌先でまるで甘いキャンディでも舐めていたみたいにうっとりしていた都築が、頬を染めて息を弾ませる俺の顔をジックリと覗き込んで聞いている。
 閉じていた瞼がピクリと痙攣して、それから意識がないまま薄っすらと双眸を開いたみたいだった。

「…都築?あれ…お前、帰ったのか?」

「ああ。…どこが気持ちいいんだ?教えろよ」

「気持ちい?…ん?…んーふふ、そこ」

 都築の肩を抱くようにして抱えられている俺は、片足を大きく割り開かれて、アソコもソコも丸見え状態だ。なのに、擽ったそうにヘラヘラ笑っている。

「ここか?この奥…お前の穴に指を突っ込んでみてもいいか?突っ込みたいんだ。よく解れたら、オレのをお前の穴に挿れてみたい」

「んー…だめ…いやだ……それは……」

「なぜだ?お前の処女が欲しい」

「んふふふ…俺ぇ……女の子じゃないよ」

 ヘラっと笑いながら俺の頬に口付けてくる都築に呟くと、都築は何処か気恥ずかしそうな表情をしてから、「女とかそんなのどうでもいい。お前は可愛い」とかなんとかブツブツと何か呟いているみたいだった。

「指、入れるぞ?」

「うー…ん、いいよ」

 寝惚けたまま囁くように声を落とした俺を、都築は一瞬でも見逃そうとしないようにジックリと見つめていて、それから挿入するだろう場所とは別の、俺の口唇に指を突っ込んできた。

「んん……ん、ぅ…くる、くるし…」

「いいから舐めろ」

「んん、んふ……ん…」

 言われるままに舌を絡ませているだろう俺の顔をジックリ見惚れながら、都築はゆるゆると勃ち上がっている俺のチンコを優しげに扱いている。揺蕩うような微睡みの快楽に、俺は頬を染めたままペロペロと都築の中指を舐め続けている。

「いいか?穴に挿れるからな」

「ん……いいよ」

 都築は俺の口から引き抜いた唾液に濡れた指先を舐めてから、唾液の絡んだその指で俺の肛門を突いたり撫でたりしているようだったけど、指先が乾く前にゆっくりと挿入させたようだった。

「う…んんぅ……く、苦しい……」

 明確に眉を顰めて苦しがる俺に、都築は宥めるようにチンコを扱く指先を若干早めて、それからやめていた乳首への弄虐を再開した。

「あ、あ…んぁ……や、…んんー」

 都築の太い指は狭い孔道のなかで大きく円を描いたり、ずぷずぷと音をさせて抜き差ししたりと、思うさま蹂躙しているようだったけど、チンコと乳首を攻められている俺は苦しさも忘れて頬を染め快楽に身体を捩らせているみたいだった。

「…まだ、指一本でいっぱいっぱいだ。はは、やっぱりお前、処女なんだな」

 よく解したら…とか言ってたくせに、なかなか慣れない孔道が嬉しそうで、都築はハアハアと息苦しそうに喘ぐ俺の口唇を塞ぐように口付けて、暫く両手の指先をいやらしく蠢かせていたけど、不意にそれをやめて俺の身体を床に転がした。
 漸く胎内から指が抜き出ていって、ホッとしているような俺が、もう一度微睡みに戻ろうとしていた時、俺に覆い被さるようにして顔を覗き込んでいた都築が言った。

「今日はお前の処女を諦めるから…オレのを咥えてくれよ。いいだろ?」

「んん?……んー…いいよ」

 まるで条件反射のように頷く俺に都築は嬉しそうに頬に口付けてから、それから体勢を入れ替えて、俺の顔の横でカチャカチャとベルトを外すとジッパーを下ろし、ジーンズをずり下げてぼろんっと既にフルおっきしている逸物を取り出した。
 ビクビクっと脈打つ醜怪で巨大な逸物を数回扱いてから、半開きの俺の口にその先走りが垂れる先端をねじ込んだみたいだった。
 最初は嫌そうに眉を顰めていた俺は、それでも無理やり捩じ込まれた巨大なソレを、嫌そうにしゃぶり出したみたいで、それを感じた都築は気をよくして俺の股間に顔を埋めた。
 俺の小振りなチンコをペロリと舐めてから、その奥で肛虐にヒクヒクと襞を窄める肛門を舐めて舌先を挿入すると唾液を送り込んだ。改めて指先を挿入して抉るように抜き差ししながら俺のチンコに吸い付いた。
 お互いのチンコを舐めしゃぶっていたけれど、俺の口内じゃ都築のブツはデカすぎるのか、俺が苦しそうに喘ぐと、その反応も気持ちいいのか、都築は舌先で器用に俺のチンコを絡め取りながら、俺が吐き出さないように少し奥にグイッと腰を押し進めて軽くえづかせる。酷いヤツだ。
 そうしてゆるやかに腰を使いながら、都築が俺のチンコから口を離して濡れた唇をペロッと舐めながら、しげしげと大きく口を開いて都築を咥えている俺を観察しているみたいだ。

「そろそろイクぞ。全部飲めよ」

 俺のチンコを片手で扱きながら、俺の後頭部を押さえ込んで眉を顰めた都築は、言葉通りグッグッと俺の咽喉でチンコを扱きだして、苦しがる俺を押さえつけながらラストスパートに入ったみたいだった。

「出すな!飲むんだ」

 ゴプッと大量の精液が口内を蹂躙して溢れかえったに違いないのに、都築は腕を離そうとしてくれず、苦しむ俺が暴れるのを全身で押さえつけるようにして、なんとか飲ませようとしたみたいだったけど、結局、俺の歯がチンコに当たって痛かったのか、舌打ちしながらズルッと長大な逸物を引きずり出されて、俺はそのまま床にボタボタと精液を吐き出していた。

「…え?、ええ??なんだ、なんだこれ?!」

 俺は口から大量に精液を吐き零しながら、股間では弾けた先端から白濁の精液が垂れ流しで、何が起こったのか、これがどんな惨状なのか混乱した頭では理解できずに呆然と両手で拭った他人の精液を見下ろした後、唖然としたように、不満げに眉根を寄せて肩で息をしながら上体を起こした都築を見た。

「へ?都築?お前…なにやってんだ??」

□ ■ □ ■ □

「よし、そこでストップ!」

 ハアハアと荒い息遣いのままで停止を呼びかけると、ジーンズの前を開いたままで正座していた都築は、不機嫌そうにスマホから流れている動画を停止した。

「ほら見ろ、オレが襲ったんじゃない。お前が誘ったってのは理解できたか?」

「…誘ってはいないだろ、どう見ても。お前が勝手に寝ている俺に舐めていいかとか挿れていいかとか扱いていいかとかとかとか!いちいち確認してるだけであって、了承は取っていないだろ。そもそも、寝惚けてる俺の答えなんて意識がないんだから俺の意思じゃない!」

 取り急ぎユニットに飛び込んで備え付けの洗面台で思い切り吐き出すと口を濯ぎ歯を磨きまくった俺は、それから腹に飛び散っている自分の糸を引く精液をティッシュで拭い取って個室から出てきた。そして、なぜかスウェットのズボンが下着ごとベッドの下で山を作っているのを見ながら…ああ、今の俺は下半身が丸裸なんだなと気付いた。
 そんな俺が酷い剣幕で都築に掴みかかったかと言うと、そうではなく、あまりのことで暴れることも考えることもできない思考停止状態の青褪めた俺を見るなり、都築は自分のせいじゃないぞと言ってスマホの動画を再生しやがったのだ。

「何いってんだ、巫山戯んな。お前がそんなところで寝てるから、ベッドに運んでやろうとしたら処女のくせに可愛く笑いながらすり寄ってきたんだぞ!誘ってる以外に有り得るかッ」

 可愛く笑うってなんだよ、気持ち悪い。

「そっか、処女のくせに誘った俺が悪いのか。だったら都築が意識のない俺の寝込みを襲ってフェラさせても仕方ないのか。もう絶対にお前の前じゃ寝ない。それに俺がそんなことするもんかッ…て、いい。動画はもうお腹いっぱいです」

「ふん。証拠はあるんだ。今さらお前がオレを追い出そうとしてもそうはいかないからな」

 どうやら、多少は悪いことをしていた意識はあるのか、都築は可愛く笑って擦り寄るシーンを貴重と感じて録画したのか、俺の拒絶で恐らく他のヤツが観たら「か、可愛い…?」と語尾に必ずクエスチョンがつくだろうそのシーンを見せようと差し出していた腕を引っ込めて自分のスマホをベッドに放ると、それまで正座をしていた足を崩してジーンズのジッパーを上げ、ベルトをしながらブツブツ文句を言っているみたいだ。
 都築はさすがお坊ちゃんなので、俺と違って1時間でも2時間でも正座ができる。痺れないんだ…やっぱり御曹司って感覚の何処かが微妙に他人と違うんだろうか。

「本当なら叩き出したいところだけど、俺にも非があるみたいだから今回だけは許す。でも二度目はないからな。寝込みは襲うな、寝込みは!」

 それでなくても寝付きは良いけど、一度眠るとなかなか起きない俺のことだ、二度目に襲われても絶対に起きれない自信があるんだから。

「…それは約束しない。またお前からすり寄ってきたら、オレは据え膳は平らげる主義だからさ」

 床の上でごろんっとなってすやすやと安らかに転寝している俺に夢中になっていたせいで、その日のスマホチェックを忘れていた都築は、ちゃぶ台の上から俺のスマホを2台手にして鼻を鳴らすと、そう言って俺の(ここ主張)ベッドにごろんしやがった。
 …とうとう都築三姉妹用のスマホまで見つけ出されてしまった、恐るべし興梠さん。
 都築はもちろん、常に俺の部屋の家探しをするように頼まれている興梠さんの目を掻い潜るようにと都築三姉妹から念を押されていたにも拘わらず、だ。
 でも、ちゃんと言われた場所に隠してたんだけどなぁ…うーん。

「やめろよ、その変な主義」

 ベッドの下で冷たくなっている可哀想な下着とズボンを手にして、やれやれと穿いている俺をジックリと眺めながら都築は肩を竦めたみたいだったけど、吐き捨てた言葉は全く可愛げがなかった。と言うか、意味が判らない。

「お前は眠っている時が危険だ」

「は?」

 訝しくて眉を顰めながら首を傾げたら、都築は俺のスマホをフリックしながら眉間にシワを寄せて不機嫌そうに見据えてくる。まあ、都築が不機嫌そうなのは何時ものことだけど、今回は不愉快も加わっているみたいな気がした。

「何をされても素直に言うことを聞く。これは非常に拙いぞ」

「寝てる俺にアレコレやらかすのはお前ぐらいだよ。まだ都築と知り合う前なんか、平気で徹マンとかしてたけど、別におかしなことになったこともないし…」

 そこまで言ったところで、都築のヤツが剣呑な目付きをして上体を起こしやがった。

「徹マン?…お前、よく男の部屋に寝泊まりしてたのか?」

「当たり前だ、お前バカだろ」

 女の子の部屋に寝泊まりしてたのかって怪訝な顔で聞かれるならまだしも、どうして野郎の部屋に寝泊まりでそんな物騒な顔されないといけないんだ。
 お前に俺がどんな風に見えてるのか知らないけど、俺は男だからな。
 バイのお前と違って純粋にヘテロで、男のチンコを喜んで咥えてるわけじゃないんだ…うげ。

「俺さぁ、麻雀とかよく判らないから弱かったんだけど、専ら飯担当で引っ張りだこだったぜ」

 そう言えば麻雀が弱いからよくカモられもしてたけど、貧乏だって判ってから連中は麻雀というよりも飯炊き要員として重宝してたよなぁ、そのおかげで飯代が浮いていたんだっけとうんうんと俺が思い出深く頷いていると、ベッドに腰掛けた都築は片手で口許を隠して何やらブツブツ言ってる。

「…ってことは夜は寝てたんだな」

「はあ?当たり前だろ。みんな麻雀してたけど、俺はグースカ寝てたよ」

「お前、もう二度と徹マンとかするなよ」

 俺の回答に都築のヤツは蟀谷をピクッと痙攣させてから、不貞腐れたように言い捨てた。なんだ、その態度。

「なんでだよ?…とは言っても、お前が四六時中うちに来てるから、遊びになんか行けないけどさ」

 そりゃ、都築以外と遊べないのは少しはストレスだけどさ、だからって理由もなく遊びに行くなってのはどうかしてると思うぞ。

「それでいいんだ」

 俺がぶーぶーと唇を尖らせて悪態を吐いたってのに、都築のヤツは腕を組みながら上出来だと頷きやがる。なんだよ、それは。

「だから、どうしてだよ?!」

「どうしてもだ!今度オレに黙って徹マンなんかに行ったら承知しないからなッ」

「はあ?なんだよそれ。そんなの俺の勝手だろ」

 理不尽な物言いにプンスコと腹を立てて腰に手をあてがって納得できないと都築を見下ろすと、ヤツはそんな俺をジックリと見据えてから、すっと色素の薄い双眸を細めてふと物騒なことをほざいた。

「…黙って行ったら犯すからな」

「げっ、何いってんだお前」

 ギョッとして一歩後退ると、都築のヤツはまるで我が意を得たりとでも言いたげに、ニヤリと笑って鼻なんか鳴らしやがる。

「眠りこけたお前は無防備だから、平気で犯せるぞ」

「やだ、絶対に嫌だ!絶対に黙って行かないッ」

 それでなくても寝込みを襲われて、思い出したくもないフェラなんかさせられたんだ。これ以上理不尽な仕打ちには絶対に耐えられないから、俺が全力で拒絶すると、都築はちょっとホッとしたようにうんうんと人の悪い笑みで頷いている。

「そうそう、そうやって素直でいるのが一番だ」

 都築の場合、「犯す」ってのが実感を伴って襲ってくるから性質が悪いよな。
 だいたい、GPSだの盗聴器だのを持たせてるくせに、どうして黙って行動したらダメなんだよ。俺の行き先も話し相手も全部筒抜けだってのにさ。

「うるせえな。でも、友達に呼ばれたら遊びには行くからなッ!止めたって無駄だ」

 我が身を抱くようにして都築から逃げ出すようにしながらも、理不尽さにそのままおめおめと屈服するのは癪に障るので、俺は舌を出しながら都築を睨んで言ってやった。

「…お前は眠っている時のほうが素直で可愛い」

 胡乱な目付きでそんな俺を見据えていた都築は、それでも納得したのか、鼻を鳴らした不貞腐れた態度でもう一度、俺のベッドのはずなのに、我が物顔でごろんしやがった。

「別に可愛くなくて結構です…ところでお前、今日は早かったんだな」

 我が身を抱いて自分の身体の惨状を思い出した俺は、できれば風呂に入りたいところだけど、室内もちょっとアレなニオイがしてるなぁ…くそう、悔しいから消臭剤をふってやる。

「ああ、講義が1つ休講になった。ところで、お前少しは飲んだのか?」

 ユニットに備え付けてある消臭剤…都築が来てからトイレ全開放の覗きが横行するから、それまで買ったこともなかった消臭剤を準備するようになった…金がかかるんだから、もう。
 覗き、やめてくれないかな…鍵をつけても壊すから性質が悪いんだよなぁ。
 それを室内にシューシューしていたら、都築がおかしなことを聞いてくるから首を傾げてしまう。

「へ?」

「オレのセーエキだよ」

 俺のスマホをフリックやタップで内容確認しながらあっさり言いやがる都築に、あの独特の生臭さと、それからなんと言うか発酵し尽くしたヨーグルトに強烈な苦味が入ったような味を思い出して思わず吐きそうになった。
 思い出させるな。顔射だってあんなに嫌だったのに、それを飲ませようとしやがって…こっちに非がなかったら今頃叩き出して二度と家に入れないんだけども。
 前回の顔射の時は不意打ちだったけど、今回はバイだって知ってるのに無防備に眠りこけていた俺もどうかしていたんだ、ぐぬぬぬ…と断腸の思いで許してやる。
 と言うか、今回は眠りこけていたおかげで全容は動画を観るまで知らなかったから、まあなんとか許せるかな。目が覚めた時は口から精液が溢れてたぐらいだし…おえ。できればやっぱり、許したくない。

「ああ、精液ね。うん、吐き出した。全部吐き出してやった」

 都築は途端に不機嫌になって、それから舌打ちしたみたいだ。
 何だ飲まなかったのかとか、どうしたら飲ませられるのかとか、なんだか物騒なことをブツブツ言っているから思い切り呆れたけど、俺は手にしていた消臭剤をトイレに戻しに行きながら言ってやった。

「お前さぁ、俺のこと好きでもなければタイプでもないのに、そんなヤツに精液飲まれて嬉しいのかよ?」

「別に?オレのセフレたちは好んで飲むから旨いんじゃないかと思ってさ。お前が飲んだんだったら感想を聞こうと思っただけだ」

「ああ、そりゃ悪かったな。非常に不味かったよ」

 都築三姉妹専用のスマホもタップやフリックしていた都築は、肩を竦めた俺が嫌そうに顔を顰めるのをジッと見つめたままで目を瞠ったみたいだ。

「…味は感じたのか?」

「当たり前だろ?!誰かさんが頭を押さえつけやがったから暫く口の中にあったんだ。味ぐらいは判るよ」

 できれば一生、判りたくもなかったけども。

「ふーん」

 不意に、何故かちょっと機嫌がよくなった都築が、都築三姉妹に今日のお献立と題したメールしか送受信されていないスマホの画面を、面白くもないだろうに眺めながら「これは旨かった」とか「これはもう一度作らせたい」とか独り言をブツブツ言っているのを聞きながら、今度は俺が唇を尖らせるんだ。

「あと、今後はこんなこと、セフレだけにさせろよ。好きでもタイプでもないヤツでもいいんなら、そこら辺の都築ファンでも引っ掛けて勝手にやってくれ」

 お前と寝たがる相手は俺以外なら山ほどいるんだ。

「他のヤツになんかやらせるかよ。オレだって病気はこえーんだよ」

 …なんだ、それ。じゃあ、俺は病気がないから安全牌だったってワケかよ。
 冗談じゃねえぞ。

「…じゃあ、今後は選び抜かれたセフレで宜しくお願い致します」

 俺が慇懃無礼に言った後に、ムッツリと腹立たしく頬を膨らませていると、都築のヤツは「また可愛い真似しやがって」とかなんとか、ブツブツ言いながらも舌打ちなんかしやがった。
 舌打ちしたいのはこっちだ、バカ。

□ ■ □ ■ □

●事例11:うたた寝していたらフェラさせられる
 回答:お前がそんなところで寝てるから、ベッドに運んでやろうとしたら処女のくせに可愛く笑いながらすり寄ってきたんだ、誘ってるお前が悪い。
 結果と対策:そっか、処女のくせに誘った俺が悪いのか。だったら都築が意識のない俺の寝込みを襲ってフェラさせても仕方ないのか。もう絶対にお前の前じゃ寝ない。

10.勝手にフィギュアを作る(もちろん美少女系じゃない)  -俺の友達が凄まじいヤンツンデレで困っている件-

「フィギュアを作った?スケート??」

『バカか。人形だよ、ヲタが得意がって偉そうだから、じゃあこうこうこう言うのを作ってみろ。金に糸目はつけんって言ったら、昨日届いた。なかなかの出来栄えだったからお前にも見せてやる。だから、今夜はうちに来い』

 都築は華やかな外見からは想像ができないぐらい、ありとあらゆる種類や人種の友人がいるらしい。友達いなさそうって思っていたけど、俺に対してだけは酷かったり、俺の感情の機微には疎かったりするくせに、他の人や物事には比較的さっぱりした性格だからか、相手にするりと入り込んで、何時の間にか人脈を作りまくっているみたいだ。
 そう言えばコイツ、ぶつぶつ言いながらもモンスター狩りしてたしな。ヲタ仲間ってのか、あの中の誰かなんだろうか。
 都築は先生を見限ってから、大学で新たな経営学をひとつ追加したらしく、忙しそうにしていたから、今日の電話は2日ぶりぐらいだった。
 そう言えば…怖くて聞けないけど、先生はその後、どうなったんだろう…いや、聞かないほうが良いよな。

「判った。じゃあ、今日はまっすぐに都築んちに行くよ」

『おう』

 ゴクリと息を呑むようにして先生には悪いけど目を瞑ることにした俺の耳には、自分が言いたいことだけいうと都築はサッサと電話を切ったのか虚しく通話切れの音が響いた。
 ちょっと待て、何か持って行ったほうがいいかとか聞きたかったのに…癪だから俺からは掛けてやらないって思っていたけど、折角バイトの帰り道だし、何か必要なら買って行ったほうがいいよな。
 飲み物とか菓子の類いは、あの綺麗なハウスキーパーの塚森さんが用意してくれるはずだろうし…ハウスキーパーか。
 ハウスキーパー=嫁なら、塚森さんが正妻で、俺は愛人か。
 やっぱり、気持ち悪いな。
 溜め息を吐きながらタップしたら、何度目かのコールで鬱陶しそうな雰囲気の都築の声がしたから、用件も言わずに切りそうになってしまった。

『…なんだよ?』

 まだ、何かあるのか?と言う不機嫌な声の向こうで、圧し殺したような誰かの細やかな喘ぎ声がして、ああ、コイツまた誰かと犯ってたのかって思ったら、親切心が萎えそうになった。
 声からしてユキかな。いや、塚森さんか。
 まあ、気持ち悪いからどうでもいいけど。

「取り込み中に悪いんだけど、買っていくものとかある?あと、これから行こうと思ったけどやめた方がいいか?1時間後ぐらいがいいか、それとも今日はもう行かないほうが…」

『来い。今からでいい、もう終わる。あと、何か買いたいならゴムでも買ってこい』

 ピッと電話を切った。
 何がゴムでも買ってこいだよ、なに考えてんだアイツ。
 俺のことを使いっ走りぐらいにしか考えてないんだろうけど、それにしたってゴムってのはなんだ。
 畜生、モテてます宣言かよ。
 途端に都築がこの前言った、俺の未来予想図が脳裏を過って、ギリギリッと奥歯を噛み締めてしまった。どうして俺、アイツのところに素直に行こうとしてんだろ。
 友達でもなさそうな発言もバンバンされるし、土下座とか、両親まで甚振られてんのに、どうして都築の言葉なんかに従ってるんだ。
 …このまま行くのやめようかな。だってさ、絶対に今から行ったら事後の都築と塚森さんのいちゃいちゃタイムにぶち当たるんだよな。前にも何度かぶち当たって、控え目ながら塚森さんから迷惑そうな顔をされたっけ。
 着信を無視していたらピロンッと受信を告げる音がして、俺は物思いから浮上して、うんざりしたように都築からのメールを開いた。

『なに無視してんだ。ちゃんと来いよ。ゴムは買ってこなくてもいいから』

『生きたくないです』

 あ、しまった。誤変換のまま送ってしまったメールに、ピロンピロンッとすぐに何通かのメールの受信を報せるから、アイツ、セックスの最中にメールしてんのかと溜め息を吐きそうになった。
 やっぱり、今から行きたくない。塚森さんの控え目な批難がましい目を見たくない。なんで俺がこんな思いをしないといけないんだ。
 都築が何を書いて寄越しているか判るので、メールは見ないまま、残り十数分の道のりをゆっくりと歩いて行くことにした。
 だいたい、俺が地味メングループに所属してるからって、フィギュアって言えば喜んで遊びに来ると思っているところがムカつく。
 アイツが依頼したフィギュアってことは、どうせエロフィギュアに決まってるんだ。おおかた、化け物じみた胸のおねえちゃんとかじゃなくて、リアルな感じでマ●コとか造ってんじゃないかな。で、それを俺に見せて恥ずかしがるのを、ニヤニヤしながら視姦するんだよ。アイツは絶対にそう言うヤツだ。
 そうこうしている間に凶悪なほど高級感あふれる都築んちのマンションに着いてしまって、全く煌びやかな空間に浮きまくりの俺はこのまま回れ右がしたいのに、顔馴染みと言うか、都築がコイツが来たら絶対に逃さずに部屋に寄越せと青褪めるコンシェルジュに言い聞かせているせいで、そんな犯罪的なことしてくれるワケないだろっとプゲラしていた俺は、半ば拉致される勢いで最上階直通のエレベータに叩き込まれて、「ああ、金持ちには、いや都築には誰も逆らえないんだな」とたった今も思い知らされた。
 最上階に到着すると都築の部屋しかないから、あの日、都築が投げ付けて、そのまま俺の掌の中に残ってしまった可愛らしい月と星のキーホルダーが付いた合鍵で玄関を開けた。
 相変わらず、右手に主寝室に続くプライベートエリア、左手がリビングなどのパブリックエリアになっているんだけど、さてどっちに行くかな。
 決まってる、主寝室でイチャイチャしてる都築と塚森さんなんか見ても面白くもおかしくもないし、リビングに行ったほうが美味しいお菓子ぐらいはあって、腹の足しにはなるだろうって瞬時に判断して靴を脱ごうとしたら、リビングの扉が開いてヒョコッと都築が顔を覗かせた。

「来たな。おい、さっきの生きたくないってなんだよ?何かバイト先で犯られたのか?!」

 ソイツ、ぶっ殺してやるぐらいの勢いで歩いてきた都築に、犬か猫のように抱き上げられてうんざりした。
 どうして生きたくないで犯されてる方向性になってるんだ。お前の頭の中じゃ、俺は常に男に付け狙われていて、尻に何かを突っ込まれてんのかよ。ホント、気持ち悪いな。

「打ち間違いだよ」

「ふうん?…じゃあ、来たくなかったのかよ」

「ああ、だって他人がエッチしてるところに乱入したいほど、俺、お前らに興味ないもん」

「…ち。まあ、いいや。ほら来いよ」

 都築は俺の言葉に忌々しそうに舌打ちしたけど、肩を竦めてから、そのまま俺を肩に担いだままで主寝室に続くドアを開いた。
 なるほど、恐らくリビングには事後で気怠い顔をした塚森さんがいるんだろう。俺がフィギュアを見てる間に、帰ってくれないかな…

「そう言えば、フィギュアってどんなのだ?美少女系か?それともリアル系??」

「見てからのお楽しみだ。でも、なかなかうまく出来てるんだ。箱を開けてビックリしたよ」

「へえ、都築でも驚くことがあるんだな」

「まあ、見てみろ。感動するから」

「感動?」

 エロフィギュアに感動なんかあるかよ…いや待てよ、クオリティの高いエロフィギュアが、都築の寝室に所狭しと飾られてたらどうしよう。都築のセフレたちは何かのプレイかと思って気にもしないだろうけど、抱き枕にされる俺はキツイ。
 泊まりに来る度にそんなフィギュアのアヘ顔を見せられたらたまったもんじゃない。
 主寝室の前で廊下に降ろされた俺の背中を押して、促されるままに足を踏み入れた俺は、真っ暗な室内に首を傾げた。

「都築、何も見えない」

 言った途端に電気がパッと点いて、途方もない数のフィギュアを目の当たりにさせられると思って警戒していたのに、実際には何もない何時も通りの都築の寝室だった。
 若干、例のニオイがしてるから、ああ、そっかセックス後の部屋だったんだと嫌気がさしたとき、ベッドに掛けられているシーツの中央がこんもりしていることに気付いた。なんだよ、まだ塚森さんがいるんじゃねえかと眉を顰めていたら、都築が嬉しそうな仏頂面でそのシーツを引き剥がした。
 …。
 ……。
 ………。
 固まること1分ほど、言葉も出なかった。
 何がフィギュアだ。

「これ、ダッチワイフじゃねえか!しかも俺ってなんだよ?!」

 ガクッと跪きそうになりながら、スケスケのエロ下着、ピンク色のベビードールを僅かに乱れさせて横たわる、等身大の俺が辛そうに眉を顰めて瞼を閉じているさまに項垂れてしまった。
 自分で自分を見下ろす恐怖と不気味さを誰か判るだろうか。
 少なくとも、都築は判っていないみたいだ。

「コイツ、凄いんだぞ。表情筋が動いて声がでるんだよ。もちろん人形だから腕や足は自動じゃ動かないけど、関節はほぼ人間と同じだから、どんな体位でも試せるんだぜ。局部や性感帯にセンサーが入っているから、そこをイジっていると自然と体温が上がって、表情が出てくる。それで喘ぎ声も出るんだから、本人と犯ってるみたいだ」

 事細かに説明しながら、都築はベルトを緩めると、ジーンズのジッパーを下ろして凶悪なチンコなんか掴みだすから、おま、お前何してくれようとしてんだ!

「やや、やめろよッッ!俺に触るなよッ」

「はあ?これただの人形だぞ。実際に見せてやるから大人しくそこで見てろって。顔に近付いてじっくり観察しろよ」

 引き剥がそうとする俺を片手で振り払った都築は、横たわる俺の両足を遠慮なく抱えあげて、薄い陰毛からくたりと垂れているチンコの下、睾丸を押し上げるようにしてチンコで探った先にある、まだぬらぬらと濡れたような、よく見ると白濁としたモノが溢れて内腿を汚している、その溢れている場所…

「お前、俺が来る前に犯ってたのってまさか…」

「ああ、コイツを試してた。昨日、届いてからずっと抱いてる。面白いし、飽きないな。ラブドールなんて冗談じゃないと思っていたけど、案外、人肌に温もるし悪くないよ」

 ぐはッ!

「コイツはさ、モードが選択出るんだよ。イチャラブ・モード、ツンデレ・モード、それからレイプ・モードな。顔の表情が嫌そうだろ?今はレイプ・モードを試してたところだ。音声のために一週間分の声が必要だったけど、お前の場合、すぐに用意ができたから問題なかった」

 いや、大問題だろ。

『…やっ、いやだ!い、入れるなッッ』

 愕然とする俺の前で何度か瞬きをした人形の俺は、それからすぐに表情を強張らせて都築を見ているみたいだった。
 すげえ、腕とか動かせないだけで、顔だけ見てると本当に嫌がってるのがよく判るし、本気で拒絶してる。その声が…俺だ、これ。
 若干、くぐもった音声っぽくはあるけど、気にしなければ俺の声そのものだ。
 気持ち悪い。

『あ、あ!…いやだぁぁぁッッ!!』

 絶叫するように声が迸ったのは、都築がグイッと子どもの腕ほどもありそうな逸物を一気に挿入したからだ。そりゃ、嫌だ。
 実際に自分が挿れられたような気になって、痛々しさに眉を寄せて瞼を閉じた俺の耳に、冷静に解説する都築の声が不思議な響きで入り込んできた。

「挿入のタイミングで色んな拒絶の言葉があるんだ。今のは一気に挿れられた時の絶叫な。で、今度は…」

 腰を僅かに引いてずるり…と引き抜くけど全部抜けきる前に一旦留めると、腰を器用にクイクイっと動かして、入口(出口だろ)あたりを擦っているみたいだ。

『あ、ああ、ぅあ!……やだ、都築、お願いだからやめろッ。そこは、いや、だッ!あ、ああ……んぅッ』

「な?浅いところを擦ってやると、オレの名前を呼んで拒絶するくせに、感じてんだぜ。ウケる。あ、ほら体温が上がってきた。気持ちいいぞ」

 ベビードールの裾を大胆に捲りあげると、ふっつりと勃ちあがっている乳首を親指の先で押し潰すように弄って、都築はハッハッと息を漏らしながら腰を動かして嬉しそうにしている。
 乳首にしろチンコとか陰毛とか…すげえ、忠実に再現されてる。さすが、視姦さながらに風呂場を覗いていただけはある。これが目的だったんじゃないだろうな。

「結局、レイプ・モードでも犯し続けていると感じるようになるんだ。涙までは出ないけど、頬のあたりが赤くなってくるぞ…なんだ、お前のほうが感じてるみたいだな」

 クスッと笑った気配がして、俺は俺の顔からギクシャクと目を逸らして都築の視線から逃れようとしたけど、耳から首筋までを真っ赤にしてしまっていては本末転倒だ。

「じっくり見ろよ。お前が男に犯されてる有り得ないシチュエーションだぞ。男なんか好きにならないんだろ?そうだったんだろ?」

 小馬鹿にしたように言っているくせに、興奮して快楽に目尻を染めている都築は息を荒げたまま、ふと乳首を弄んでいた片手を伸ばして、それからどんな反応をしていいのか判らない目線を泳がせたまま真っ赤になっている俺の後頭部を捉えると、グイッと引き寄せて、欲情と抑え切れない切望のようなものを滲ませた色素の薄い双眸で俺の視線を絡め取ってくる。

「つ、都築…いやだ…」

 俺をジックリと視姦しながら、俺そのモノの人形を抱く都築は、俺の頬に唇を寄せてキスをして、それから息を荒げながらむずがるように嫌がる俺の首筋に舌を這わせた。
 不意にゾクリとした。気付けば反応している自分自身の状態がよく判らなくて、自分がレイプされているシーンを見て反応するとか、長いこと都築と一緒にいたばっかりに、とうとう俺まで爛れてしまったのかと泣きたくなった。

「お前の匂い…すげえな。まるでお前を犯してるみたいだ」

 都築は唇を舐めた後、俺の首筋を気に入ったみたいに鼻先を擦り付けながら、腰を打ち付ける音を響かせる。『あ、あぅ…ああん…キモチ、きもちいい…ッ』なんて有り得ない声で喘いでいる人形の顔を見ることもなく、ただただ、一心に俺を見つめているようで、ああ、俺こんなとこで人生最大の過ちを犯してしまうのでは…と奇妙な覚悟を決めた時だった。

「いってッ!痛いってばッ!!何すんだ、バカ都築ッッ」

 もう少しでイッてしまうと言う人生最大の過ちを犯しそうになっていた俺は、都築のヤツが極める際にまるで猛獣みたいにガブリと食いつきやがった首筋の痛みで俄に現実に引き戻されていた。良かった!
 思い切り突き飛ばして首筋を押さえたまま怒りと痛みで涙目のまま仁王立ちする俺を、人形の中にビュクッビュッと勢いよく吐き出したらしい都築は、粘る糸を引くチンコを引き抜きながら呆気に取られたように呆然と俺を見据えてくる。

「…痛い?だってお前、もう慣れてるだろ」

 軋まない最高級のベッドから毛足の長い肌触りの良い絨毯に片足を下ろして、身支度を軽く整えながら俺を凝視してくる都築に、ほんのちょっぴり後退ると、俺はなんとなくしまったかもしれないと思った。

□ ■ □ ■ □

「柏木と、寝たんだろ。首筋にキスされて感じたんだろ?それともオレには感じないのか。だから、柏木とセックスした…ムググッ」

 怖いオーラをだだ漏れにされていたけど、俺は「はあ?!」と、自分が考えていたのとは全く違う頓珍漢な、それこそ有り得ない事実を赤裸々に口にしようとするから、その口許を慌てて押さえつけていた。コイツのことだ、ホテルの一件はとっくにバレているんだろうに、何なんだよそれは。ご丁寧に気持ち悪いラブドールまで造って、都築のヤツが今度はいったいどんな嫌がらせをしてきたのかと目をむいて怒った。

「お前な!全部知ってるくせに卑怯だぞッッ」

 しかも今のは噛んだんじゃなくて吸ってたんだな!どうでもいいけども!

「ウグ?」

 口を押さえられたままで訝しげに首を傾げる都築が眉根を寄せた時、まるで主のピンチに馳せ参じたように、胡散臭い満面の笑みの興梠さんが主寝室に入って来て一礼すると、無体な仕打ちにもケロリとしつつ訝しそうに眉を寄せる主に代わって厳かに口を開いた。
 どうやら、主寝室の前の廊下に待機していたみたいだ。

「一葉様はあの日の翌朝すぐに、例のホテルにお願いしまして裏ビデオを提出させました」

「裏…って俺たちが入った部屋って隠しカメラがあったんですか?!」

「はい、どこのラブホテルにも隠しカメラは設置されております。最初渋っていたオーナーは買収の言葉ですぐに引き渡してきました」

 うん、判った。お願いじゃなく恐喝な。
 ほら見ろ、やっぱり知ってるんじゃねえか。
 あの日の俺たちがどれほど傷心で、身体的なダメージを受けて、それでも男2人で虚しく満喫しまくっていたか知ってて、あんな意地悪を言うなんて、やっぱり都築はあの日のことを反省してないんじゃないのか?!と俺が憤る傍らで、興梠さんが首を左右に振った。

「ですが、一葉様はご覧になっていません」

「へ?」

 キョトンとして都築を見上げると、珍しくヤツは、バツが悪そうに頬なんか染めて不貞腐れている。

「ご覧になれなかった…と言うほうが正しいかもしれません」

「どう言うことですか?」

 バツが悪そうに抱き着いてくる都築の顎を押し上げて拒否っている俺が、訝しげに眉を顰めると、興梠さんは都築の愚行には物静かなスルーを決め込んでいるようで、コホンと軽く咳払いして主の痴態を赤裸々に語ってくれた。

「お2人が室内に入って来まして、部屋の中を散策されているところまではご覧になっていたのですが、その後、柏木様が笑いながら何かを仰って…残念ながら音声は入っておりませんでした。それで篠原様が笑ってその行為を受け入れた瞬間に、投げ付けた酒瓶でまず70インチの液晶が破壊されました。それから、そのまま立ち上がってデッキからディスクを取り出してメチャクチャに割り、そのままデッキを引きずり出して思い切りバルコニーに向かって投げ付けられました。硝子が割れて柵代わりのコンクリの壁に激突したデッキは原型がありませんでした」

「…そっか。じゃあ、都築は柏木の地獄のヘビロテトイレも、俺のローション風呂激痛地獄も観てないのか」

 なんだ、そりゃと我儘お坊ちゃまの相変わらずの愚行に半ば呆れると、俺はやれやれと溜め息を吐いて、背後ではイッている設定の人形があんあん喘ぐ異常な状態で抱き着かれると言う羞恥プレイに耐えながら、どんよりと都築を見上げた。

「なんだ、それは?」

「ご覧になっていませんね。それどころではありませんでしたから」

 興梠さんは胡散臭い満面の笑みでそう言った。
 どうやら回収した時に興梠さんは中身の確認をしたみたいだ。都築には見せられない内容だったら、どうするつもりだったんだろう…怖い。聞かないほうがいいな。

「都築、まずちゃんと最後まで映像は観ような?それから壊したって問題はないだろ。つーか、お前にとっちゃ安い代物なんだろうけど、モノを簡単に壊すな。勿体無いだろ」

 都築が俺を貧乏人だとバカにしていたけど、それでも俺は、やっぱりモノの大切さは、この身体ばっかりでかい精神が成長途上中のクソガキに教えてやる気満々でいる。貧乏だって罵られたって、なんか、都築に至っては別に屁でもなくなったからだけど、俺は強くなった…と言うか、都築に慣れたんだと思うよ。

「見たくないモノをどうして最後まで見ないといけないんだよ。お前は柏木には感じるけど、オレには感じないんだろう。柏木のほうがいいんだろ」

 ブツブツと偉そうな悪態のように吐き捨てながら、そのくせ、態度は悔しくて仕方ないというように酷く剣呑とした双眸で…あ、俺、この目付きを知ってるぞ。確か先生とのことで一悶着あったあのカフェで、都築が「覚悟していろ」って言った時のあの憎々しげな目付きだ。
 なんだコイツ、あの時、本当は先生にしたことに怒っていたんじゃなくて、俺が柏木と寝たことをずっと気にして、悔しくて腹立たしくて、ずっと怒り狂っていたんだな。
 ムカついて堪らないんだろう、ぶつぶつ言いながらスッポリと頭上から覆ってきやがるから、何だかあの日の種明かしをされたみたいでちょっと笑えるんだけど。

「あのな、あの日の俺たちの顛末は、まず柏木が冗談で俺の首にキスした後、俺の強烈な右ストレートを食らってベッドにダウン、自分はヘテロですと泣きを入れつつお楽しみだったソフトとカレーの暴食でいきなり腹を壊してトイレとベッドのヘビロテになったんだよ。で、俺はそんな柏木を見捨ててローション風呂で遊んでいたんだけど、ローションのせいでうっかり滑ってすっ転んで腰を強打したんだ。俺はベッドでダウンしたけど、柏木は明け方までヘビロテだった…ってことで、判るか?」

「…それは、セックスしなかったと言うことか?」

「ハッキリ言うな。少しは興梠さんの前なんだから暈せ。しなかったから、お前を許してソフレを再開してやったんだろうが」

 折角、ひとが赤っ恥覚悟でホテルでの一件を報告してやったと言うのに、それを上回るような恥ずかしいことを口にされて、俺はどうすればいいんだよ。これだから坊ちゃんはとブツブツ言っていたら。

「…じゃあ、処女なのか?」

 なんで、そうどストレートなんだよ、都築。
 処女かと聞かれる男はそうそういないと思うぞ。ちなみに、童貞だけど、これだって威張って言えることじゃないんだから少しは俺の体裁ってヤツも考慮してくれよ。幾ら、お前の気心がしれた興梠さんの前だとしても!
 そしてその興梠さんと言えば、邪魔にならないように既に部屋の外に、胡散臭い満面の笑みのまま出て行ってしまっていた。

「グッ…そ、そうだよ」

 いっそ、もう殺してくれればいいのにと思いながら、顔を真っ赤にして不貞腐れて頷く俺に、都築はまるで拍子抜けしたような間抜けな面をして。

「そっか、処女なのか…」

 なんて、少し大袈裟なぐらいホッとしたようだった。

「じゃあ、柏木とは付き合っていないのか?」

 ホテルに入ると必ずそう言うことを(性別関係なく)している都築にしてみたら、エッチなことは何もせずにキャッキャッと遊んだ俺たちのような関係が、実はよく判っていないようだ。
 訝しそうに疑わしそうに、心持ちムスッとしたままで見下ろしてくるその色素の薄い双眸を見上げて、お前には恋愛感情ってモノが本当に理解できないんだなぁと呆れてしまう。
 なんて、爛れたヤツなんだろう。

「恋愛的な意味では付き合ってないよ。友達で幼馴染みではあるけど」

「…本当か?」

 やけに疑り深い視線でじっと見据えてくる都築に、俺はそう言えば、百目木だと偽ってメールしてきた時に付き合うんだとか何とか言ってしまったな、と思い至って、当たり前だろと眉間にシワを寄せて頷いてやった。

「正直に言って、アレは盗聴されてるって知ってたうえでの意地悪だったんだよ。お前が酷いメールをして来たから…」

「それは…悪かった。まさか先生がオレのシャワー中にお前にメールしてるとか思わなかったから。気付くのが遅くなったんだ」

 あの一件の後、都築は何時の間にかゲットしていた俺んちの新しい鍵の合鍵で、何時ものように部屋に入ってきて、ちゃぶ台の俺のスマホを取ると俺のベッドにごろんしながら履歴のチェック中に気付いたらしい。
 俺はと言えば、もういいやの心境だったので、そのままそのメールは放置してしまっていた。

「だから柏木と一芝居打ったんだ。アイツはお前と一緒で無類の女好きだし、あっちは完全なヘテロだよ」

「…そうか」

 不意に都築がホッとしたように息を吐き出したから、俺は思わずと言った感じで噴き出してしまった。だって、そうだろ?俺のこと好きでもなんでもないくせに、何をそんなに心配していたんだろう。

「お前が処女じゃないと思ったから人形を造らせたんだ」

 不意にポツリと呟いた都築に、そう言えば、こいつフィギュアだとか言って俺を騙してたよな。

「アレを造った人って学生なんだろ?なんだ、あのディテール、いったい幾らかかったんだ」

 主婦根性の脳内としては、かかった費用が非常に気になる。
 学生が造るにしてはほぼ完璧だと思うし、費用も時間もしこたまかかってるんじゃないだろうか…

「いや、社会人だ。キモヲタのおっさんだよ。オリエンタル・ベータ工業で働いてる技術屋だ」

 都築グループのアダルト部門の傘下にあるダッチワイフ専門会社じゃねえか!その手には有名企業だぞ、おい!

「元々、素体はあったんだ。ただ、オレの希望に忠実に仕上げたから、価格は1000万ほどじゃないか?」

「いっせんまん!…なんつー無駄遣いを」

 俺が呆れたように溜め息を吐くと、都築のヤツは気にした様子もなくフンッと鼻を鳴らしやがる。

「無駄遣いじゃなかった。アレには裏モードも造ってもらったし」

「裏モード?」

 3つのモードの他にも何か搭載してるのか。なんにしても、俺の容姿を持つ人形が都築にアレやコレやされるのは正直、気分は良くないけど、金を出してるのは都築なんだし見なければ問題ないだろう。

「…お前には言わない」

 容姿に似合わずゲーム好きの都築のことだから、隠れ要素とか作ってもらって、攻略的になんやかんやする予定なんだろう。そんなの聞いたって俺には面白くもおかしくもない。

「まあ、別にいいけど。都築が楽しいんなら、俺は気持ち悪いだけだ。で?あの人形、ずっとあのベビードールのままなのか?」

「ああ、いや。アレはオレが着せた」

 おおかた、セフレの女の子が忘れていった下着を着せてみたんだろうな。

「ダッチワイフだもんな。最初は全裸で来たのか。ホント、気持ち悪いな」

「いや、最初はメイド服で来たぞ。オレがリクエストしていたんだ。ベビードールは選び抜いた逸品だ。似合うだろ?」

 メイド服をリクエストしておきながら、ベビードールはお前が買ったのかよ?!

「…ホント、ぶれないな都築」

「アイツが着ていたメイド服なんだけど、お前の身長と体重とほぼ一緒だから…」

 不意に部屋に放置されていた、どうやら人形が入っていたと思しきダン箱に近付いた都築が、定番の紺色のアレではなく、見慣れない水色の不思議の国のアリスのようなフリルがわんさか盛られた丈が短いワンピースのメイド服を持ち上げつつ言うから即答した。

「絶対に着ない」

「…別に着ろとは言ってない」

 片手に水色のメイド服を持って立ち尽くす都築は、まさか俺が断るとは思ってもみなかった感じで、いったい俺の何処を見たら喜んでメイド服を着ると思ってんだ。
 アレか?昨日からこの人形の俺と犯りまくってたらしいから、脳内で俺がダッチワイフみたいに従順になっているって思い込んでたのか?!
 唇を尖らせて不平をぶつぶつ言う都築には溜め息が出る。

「お前さ、あの人形のことフィギュアとか言って俺を騙しただろ。なんで最初からダッチワイフって言わなかったんだよ」

 そしたら気持ち悪くて絶対に来たりしなかったのに。

「別にオレは嘘なんか言っていない。フィギュアは姿と言う意味もあるだろ?そもそも、ヲタ用語でも立体人形って言ってるぐらいだからな」

「とうとう人形にまで手を出すとか…お前さ、女も男も余るほどセフレがいるだろ?」

 確かに都築はリア充でヲタクと呼ばれる部類には入らないように見える、一見だ。だけど、本当のところは確かにリア充で女にも男にも困らなくて、外面は完璧で、何不自由ない御曹司様ではあるけど、俺んちにいる都築一葉と言えば、俺が近所の量販店で買ってきた安っぽいスウェットを気に入っていて、俺のスマホをこまめにチェックし、暇になったら持ち込んだプレステ4でモン狩りに勤しむ、何処にでも転がってそうなヲタ系の大学生にしか見えない。ただ、身長が190以上あって、容姿がハーフで派手ってのが目を引くぐらいだ。
 だから、人形に手を出すのも時間の問題だったのかな。
 今度は本当にフィギュアとか集めそうだな。

「でも、お前はオレのセフレにはならないんだろ?」

 言ってはみたものの特に返事なんか期待せずに物思いに耽っていたら、ポツリと都築が言葉を落とした。

「はあ?…なって欲しいのか?」

「別に?お前ぐらいのレベルのヤツだったら何時でも抱ける」

「…」

 呆れて聞いたら、途端にムッとしたような都築は、自分が言いだしたくせにまるでお前なんかどうでもいいみたいな態度を取りやがる。
 なんなんだ、コイツ。

「じゃあ、何か?お前は俺がセフレにならないから俺そっくりのダッチワイフを造ったのかよ?」

 前言を無視して聞いてやると、都築は少しも考えずに眉を寄せて首を左右に振りやがった。
 頭がモゲてしまえ。

「いや、それは違うな。モン狩り中にヲタが得意がって煩いから、単にラブドールってのを試してみたいと思っただけだ。自惚れんな。それと…」

「…なんだよ」

 もう、どうでもいいよな気分で促したら、都築のヤツはグッと不機嫌に磨きをかけて、今まで言いたくて言いたくて仕方なかったんだと思わせる勢いで俺に食って掛かってきた。
 今までの一連の会話は、どうやら此処に向かうための布石だったようだ。

「お前、処女のくせにすぐにホテルに行きたがるだろ!そのくせ犯されそうになると泣いて拒否るんだろうが。だが、男はそんなんじゃ止まんねえんだからな!だから何かある前に、お前が二度と他の男とホテルなんか行かないように、お前そっくりのラブドールを造って、オレが抱いているところを見せて反省させてやろうと思ったんだ。感謝しろよ」

 あくまで童貞とは言わないんだな。しかも男限定なんだな。
 確かに柏木とはホテルに行ったけど、エッチとか気持ち悪いことするつもりで行ったんじゃないんだけどさ。できればエッチ目的は女の子だって思ってるのに、絶対に童貞のくせにって言わないのな。と、大事なことなんで二度言っておく。

「そっか、処女のくせにホテルに行きたがる俺が悪いのか。だったら、都築がこんな気持ち悪いダッチワイフを造って、ソイツと1日中セックスしてたとしても仕方ないよな。今後、絶対に都築には言わずにホテルには女の子と行くって決めた」

 都築は俺の言葉にそうしろともやめろとも言わなかったけど、とても不愉快そうな表情をして、「なんでだよ」とは言っていた。

「お前が女なんかとホテルに行けるワケないだろ」

「はいはい、どうせ俺はモテませんよ」

「バーカ。お前みたいな処女、オレが傍にいなけりゃとっくに男にも女にも食われてたに決まってんだろ。だから、これからも一緒に居てやるよ」

 不愉快そうだったくせに、唇を尖らせてご立腹している俺を呆れたような顔で見下ろすと、都築のヤツは肩を竦めて仕方ないヤツだなとでも言いたそうに首を左右に振っている。
 ん、待てよ。
 女なんかとホテルに行けるワケないって、それは男女問わずホテルなんか行けないようにってそんな理由で、実は都築は監視していたってことか?
 あの済し崩しに許してしまった日に、やっぱり都築は何事もなかったように、いや、厳密には土下座とか先生に騙されたこととか、俺の両親のこととかはかなり反省はしているみたいだけど、俺に許された段階で俺の部屋は自分の部屋と言う思い込みは激しさを増したのか、何時の間にか勝手に作っていた新しい合鍵で部屋に入ってきてドアチェーンを引き千切って壊し、俺のスマホを掴むとベッドにゴロンした。で、あの日、姫乃さんが盗聴器を持たせてるって聞いて閃いた!みたいな顔してたから、何かあるだろうなと思っていたら、案の定、俺に盗聴器を仕込みやがったんだよな。その盗聴器と服にもバックにもありとあらゆる場所に潜ませたGPSとか、そんな全部でホテルに行かないように監視してる…とかだったら、ホント、お疲れ様としか言いようがない。
 都築は俺のことなんか並以下みたいな扱いをするくせに、男女問わずに食われると真剣に考えているみたいなんだ。
 俺は女の子に食われるのはウェルカムなんだけど…もちろん、都築が言うように俺がモテることなんて数えるほどしかない。そしてそのモテの殆どが料理や世話好きに起因するものだったりする。クソゥ。
 何の心配をしてんだかとこっちのほうが溜め息を吐いていると、都築はフンッと鼻を鳴らしたみたいだった。

「まあ、オレは別に処女じゃなくてもハウスキーパーにしてやるつもりではいたんだけどさ」

 いいか、都築。
 ハウスキーパー=嫁はバツなんだからな。
 ハウスキーパーが処女じゃないといけない理由もないんだからな。

「…ふーん。じゃあ、塚森さんが正妻で、俺は愛人ってことか。そう言う爛れた関係はごめんなので、ハウスキーパーは何度も言うようですがお断り致します」

「はあ?どうして、塚森が出てくるんだ。アイツは主に朝立ち要員だって言っただろ」

 朝立ち要員とか言うな。
 しかも、やっぱりハウスキーパーは嫁説をまだ支持してんじゃねえか。

「だって、塚森さんもハウスキーパーだろ?お前の理論が正しければ、塚森さんが最初にハウスキーパーになってるんだから、彼が正妻だろ?だったら、後から勤める俺は愛人になるワケだ」

「巫山戯んな。塚森はハウスキーパーで雇ってない」

「へ?ハウスキーパーの塚森って挨拶されたぞ」

「それはアイツが勝手に言ってることだ。オレは部屋の掃除と食事の用意をするセフレとして雇っただけだ」

「なんだ、それ」

「だから、朝立ち要員だって…」

「うん、判った!ワケが判らないけど、判った。でもお前、前にパーティーの後は専門のハウスキーパーを雇うって言っただろ」

 ハウスキーパーの使い方はあの時はこんな風に捻じくれてなくてまともだったと思うんだけど…

「そりゃ、職業としてのハウスキーパーのことを言ったんだ。当たり前だろ?お前はオレのハウスキーパー、他に絶対に行くことのない専属になるんだよ」

 ポクポクポク…ちーん、閃いた!
 なるほど、都築はちゃんと職業のハウスキーパーが存在することは知っているし、雇うこともあるんだろう。ただ、そこに何らかの事象…たとえばエッチとかかな?が絡むとハウスキーパー=嫁になるんだろうな、だから、塚森さんはハウスキーパーじゃなくてセフレで…ん?ちょっと待てよ、なんかイロイロおかしいぞ。

「都築さぁ、俺とエッチしたいのか?」

「はあ?ったく、さっきから何を言ってるんだ。別にお前なんかとセックスしたいワケないだろ?相手は足りてるし」

「だよなぁ…だったら、どうして俺をハウスキーパー=嫁にしたいんだ?」

「お前とずっと一緒にいたいからに決まってるだろ」

「…じゃあ、エッチなしのハウスキーパーでいいってことか」

「はあ…お前は何も判ってないんだな。最初はオレもそれでいいと思ってたけどさ、お前、処女のくせに尻が軽いからそこもおさえておくことにしたんだよ」

「んん??言ってる意味が判らないぞ。別に一緒にいるだけなら、俺が誰とエッチしようとお前には関係ないだろ。だって、お前だってセフレがいるんだし」

「バーカ、オレが一緒にいるってコトはお前はオレのモノだってコトだろ。他のヤツの手垢なんか付けられてたまるかよ」

 自分はいいのか。
 なんだ、その俺様かつ身勝手な言い分は。

「ああ、それでまともな結婚ができないってことか」

 俺と女の子を結婚させる気はないって言いたんだろうな、コイツ。
 …考えたくないんだけど、もしかして都築って本当は俺のことが好きなんじゃないのかな。でも、俺は貧乏で格下だって思ってて、今までの相手がみんな美人だったりお金持ちだったりしてたから、庶民に手を出すなんて有り得ないって感じで恋愛感情を全否定してたりして。
 有り得ないか。
 思わずプッと俺が噴き出すと、話の流れ的におかしいと思ったような都築が、不機嫌そうに腕を組んで「なんだよ」とかなんとかブツブツ言ってる。
 変なやつ、変なやつだけど…ま、いっか。
 俺がニヤニヤしながら都築の組んでいる腕を解放すると、俺の行動を怪訝そうに見下ろしながら、都築は「なんなんだよ」とワケが判らない表情をしたけど、素直に俺の行動を受け入れている。だから、俺は、そんな都築の背中に両腕を回してギュッと抱き着いてやったんだ。
 都築は最初、かなり驚いているみたいだったけど、すぐにギュウッと背骨が軋むほど強く抱き締めてきて、それから何が起こってるんだろうと動揺しているようだ。

「なんだよ、どうしたんだよ。急に甘えてるのか?気持ち悪いんだけど」

 言葉ではそんなこと言うくせに、ぎゅうぎゅう抱き締めてきて、それから頬を俺の髪に擦り寄せて安心したように溜め息なんか零しやがる。お前のほうがもっと気持ち悪いぞ。

「まあ、都築専属のハウスキーパーにはなれないけど、暫くは一緒にいてやるよ。でも、約束だったから、俺に恋人ができたら終わり…じゃなくて友達として傍にいてやる」

 そう決めた。最初はこんな関係は終わりだ!って思ってたけど、一緒にいたいだけなら、恋人ができても友達ぐらいではいてやってもいいなと思う。

「それだ。その恋人ができたらってヤツな。それをオレが賄えば、離れる必要もないんじゃないかって思ったんだ。まあ、恋人とか気持ち悪い関係じゃなくて、あくまでもハウスキーパーとしてだけどさ」

 籍を入れるだとか結婚式を挙げるだとかの嫁は気持ち悪くないのか。
 何処かずれてる都築がおかしくて、俺は仕方なくその広い背中をポンポンッと叩いてやった。

「俺はさ、やっぱりこう言う風に抱き合っても気持ち悪いなんて思わない、素直に好きだと言い合えるような相手と付き合いたいし、結婚したい。だから都築の申し出は受け入れられない。きっと、お前にもいつかそう思えるひとが現れるよ。だから、嫁だとか恋人だとかはその時まで取っておいたらいいよ」

 そっと身体を離して、少し動揺しているその顔を見上げて笑いながら言ったら、離れていく俺の身体を惜しむように引き止めた都築はなんとも言い難い表情をして見下ろしてきた。
 都築は御曹司で長身のイケメンだし、本当は婚約者の1人や2人はいるだろうし、こうして俺を構い倒しているのは暇潰しの一環なんだろうから、暫くは付き合ってもいいと思う。
 でも、気持ちは大事にしたいことをなんとか都築に判ってもらわないと、今後、俺に大事な人ができた時に、このワケの判らない言い分で邪魔してこないとも限らないからな。御曹司の怖さは思い知ったし。
 俺がやれやれと溜め息を吐いていると、何かぶつぶつ言っていた都築は、不意に俺の顎を掬って上向かせると、本当に唐突に口唇を重ねるだけのキスをしてきた。
 なな、何が起こったんだ?!
 恐慌状態の俺なんか華麗に無視して、目も瞑らずにじっと凝視していた都築は、俺の大事なファーストキスを奪ったくせに、ゆっくりと口唇を離して何か考えているみたいだった。

「…別に気持ち悪くない。お前のこと、好きでもタイプでもないけど、抱き合うのもキスするのも気持ち悪くないし、嫌でもない。だったら、いいんじゃないのか?」

 うん、やっぱりコイツ頭がおかしい。
 御曹司で長身のイケメンだけど、俺は遠慮したい部類の傲慢王子様だ。
 ひとのファーストキスを奪っておいてなんて言い草だ。

「そう言うのはセフレって言うんだ。好みじゃないからもっと悪いかもな。お前がなんと言っても、俺とお前は友達だ」

 都築を突き放してゴシゴシと腕で口を拭いながら言い切ったら、都築は酷く不機嫌になってしまったけど、これって俺が悪いのか?いいえ、都築が悪いです。
 確認するのにキスするようなヤツはお呼びじゃないんだと言い捨てて、俺はリビングにお菓子を食べに行くことにした。
 平気で好きでもないヤツにキスできる、無節操な都築のことなんて知らない。

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●事例10:勝手にフィギュアを作る(もちろん美少女系じゃない)
 回答:何かある前に、お前が二度と他の男とホテルなんか行かないように、お前そっくりのラブドールを造って、オレが抱いているところを見せて反省させてやろうと思ったんだ。感謝しろよ。
 結果と対策:そっか、処女のくせにホテルに行きたがる俺が悪いのか。だったら、都築がこんな気持ち悪いダッチワイフを造って、ソイツと1日中セックスしてたとしても仕方ないよな。今後、絶対に都築には言わずにホテルには女の子と行くって決めた。